Vol.156 最終回
2026年1月2日・3日、私は箱根駅伝の運営委員として大手町の拠点に待機しておりました。今大会は青山学院大学が2度目の3連覇、通算9回目の優勝を飾る結果となりました。天候にも恵まれ、2日間の全日程を無事に終了できました。

安全面については、大きな事故や事件こそなかったものの、走路に犬が飛び出すという事案が発生しました。こうした事象は、一見微笑ましく見えるかもしれませんが、決して軽視できるものではありません。高速で走行する選手や随行車両にとって、重大な接触事故につながる危険な状況です。
今回は幸いにも、神奈川県警の白バイ隊員による迅速な誘導のおかげで、選手への接触という最悪の事態を免れることができました。沿道で愛犬と一緒に観戦される際は、不測の事態を防ぐため、必ずリードを短く持つなど適切な管理をお願いします。

2月1日、磯子で開催された神奈川マラソンは大盛況のうちに幕を閉じました。実は、この大会は関東学生陸上競技連盟においても重要な一戦として位置づけられています。今後は箱根駅伝を見据え、関東圏の大学生がより多く集結するハイレベルな大会へと発展していくかもしれません。
一方で、2月8日に開催予定だった「第80回 市町村対抗かながわ駅伝」は、積雪による路面コンディション不良のため、残念ながら中止となりました。今大会は記念すべき80回目であり、横浜市の4連覇がかかった注目の一戦でもあったため、とても残念です。
この中止の判断は、大雪となる前日の7日時点で発表されました。積雪量の予測やランナーの安全確保、沿道への影響など、運営側での慎重かつ多角的な議論を経ての苦渋の決断であったと推察します。
近年、私自身も大会の「裏側」に身を置く機会が増えましたが、一つの大会を成立させるための運営スタッフの皆様のご尽力には、改めて頭が下がる思いです。
さて、2010年4月にスタートしたこの「コラム 苅部俊二のダッシュ」は、今回をもちまして最終回となります。連載開始から実に16年、陸上競技の話題を中心に筆を執らせていただきました。
横浜市出身の私にとって、愛する地元のスポーツ文化に携わり、発信し続けられたことはこの上ない喜びであり、まさに幸甚の至りです。このような貴重な機会を与えてくださった関係者の皆様、そして何より長く読み続けてくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。
私は幸運にも、これまでオリンピックに2回、世界選手権に5回、アジア大会に2回と、数多くの国際大会に日本代表として出場させていただきました。現在は指導者の道に進み、後進の育成に日々従事しておりますが、私のルーツは間違いなくこの横浜にあります。
思い起こせば、小学生の頃は毎日のように近所の丘や野山を遊び歩いていました。いえ、「走り回っていた」と言うほうが正確かもしれません。次男ということもあり、兄に負けまいと、小さな体で必死に兄の背中を追いかけていた記憶が鮮明に蘇ります。
発育発達の観点から見ると、9〜12歳頃の「ゴールデンエイジ」と呼ばれる運動能力が最も花開く時期の前段階に、「プレゴールデンエイジ」(4〜8歳頃)があります。このプレゴールデンエイジは、脳の「可塑性(かそせい)」が極めて高い時期です。
可塑性とは、粘土のように柔軟性があり、新しい情報をどんどん吸収する性質を指します。この時期に多様な動きや運動を経験することで神経系が爆発的に発達し、続くゴールデンエイジでより高度な動作を効率的に習得できるようになります。
私自身、この重要な時期に、自分よりも体格が大きく、運動能力の高い兄や友人と夢中になって遊んだことで、彼らに負けないよう、小さな身体を必死に駆使して多様な神経系を刺激した経験が、競技者としての私を形成したのかもしれません。「次男にスポーツ選手が多い」と言われる所以も、まさにこの兄弟間の競争原理と、それに伴う神経系の発達にあると言えるでしょう。
よく「私は運動神経がなくて」と口にする方がいますが、医学的に「運動神経がない人」など存在しません。人は生まれた直後、神経系が過剰なほどに発達します。しかし、その神経は使わなければ「不要なもの」として淘汰され、逆に使えば使うほど強固に結びついていきます。脳の可塑性が高く、吸収力が極めて強い時期に、神経を駆使する身体活動を行うかどうか。それによって、運動に関する神経系がどれだけ残存し、強化されるかが決まるのです。
つまり「運動神経がない」と自己評価する方は、適切な時期に身体を動かす機会が少なかったに過ぎません。筋組織などの遺伝的要因もゼロではありませんが、神経系は「過剰に作られたものを、使用頻度に応じて取捨選択していく」というプロセスを辿ります。普段から体を動かさない家庭環境では、子供の運動機会も必然的に少なくなってしまいます。ある意味で「運動音痴」は、環境によって後天的に作られてしまうものなのです。
元筑波大学の宮下充正教授らの研究『子どものスポーツ医学』(1986)の中で、「発育・発達パターンと年齢別運動強化方針」を示しています。これによると、人の発育はまず「神経系」から始まります。神経系は4〜5歳までに大人の約80%、6歳では約90%が完成すると言われています。

もちろん、各機能の発達は完全に切り離されているわけではありませんが、心肺機能などの「呼吸・循環器系」の発達は神経系より遅れてピークを迎え、さらにその後にホルモンバランスの変化に伴って「筋力」が発達してくるという順序を辿ります。
この発育の序列を考慮したトレーニングの在り方は、以下のようになります。
まずは幼少期に、多様な動きや動作を習得するための神経系トレーニングを重点的に実施します。その後、神経系の刺激を継続しつつ、心肺機能を高める持久的な運動を取り入れ、身長などの身体的な成長が落ち着く頃に、本格的な筋力トレーニングの比重を増やしていく。これが、理にかなった強化のプロセスなのです。

陸上競技のオリンピックや世界選手権に出場した日本代表選手411名を対象に、茨城大学の渡邊將司准教授らの研究チームが行った日本陸上競技連盟の調査(2015)によると、小学校時代の運動経験について興味深い結果が示されています。男子の86%、女子の88%が、幼少期に「鬼ごっこ」や「ドロケイ(ケイドロ)」「ドッジボール」などで日常的に遊んでいたと回答しています。一方、当時「あまり運動していなかった」という回答は、わずか2%に過ぎませんでした。
また、小学生時代に主に取り組んでいた競技種目を見ると、男子は野球・ソフトボールが約50%、サッカーが約30%で、陸上競技を専門としていたのは約13%でした(渡邊, 2013)。女子は水泳とバスケットボールが最も多く、それぞれ約25%を占めています。さらに、2種目以上の競技を掛け持ちしていた選手も、男子で32%、女子で27%に上ります。
これらのデータは、日本代表にまで上り詰めるような選手たちが、小学生時代にいかに「遊び」や「多様な競技」を通じて、運動の土台を築いていたかを物語っています。
横浜は「都会」というイメージを持たれがちですが、実は丘や山、森といった緑豊かな環境が多く、多様な遊びができるフィールドに恵まれています。未来を担う子どもたちには、ぜひこの素晴らしい環境を存分に活用し、心ゆくまで身体を動かしてほしいと願っています。
「もう小学校期は過ぎてしまった、手遅れだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、決してそんなことはありません。「生涯発達論」という考え方があるように、人は一生を通じて成長し続ける存在です。事実、筋力は80代以上であってもトレーニングによって向上することが科学的に証明されています。適度な運動は、年齢を問わず、私たちの健全な心身を育んでくれるのです。
横浜は、都会の利便性を持ちながら、豊かな自然にも恵まれた稀有な街です。この街は、幼少期の遊びからシニア世代の健康づくりまで、生涯にわたって身体を動かし続けられる最高の環境が整っています。16年にわたる連載の最後に、改めて強く感じています。横浜は、本当に素晴らしいところです。
本年は名古屋でアジア大会が開催されます。そして来年、2027年夏には、横浜を舞台に「全国高等学校総合体育大会(インターハイ)」が開催される予定です。開会式をはじめ、陸上競技など主要な種目がこの地で行われます。地元の熱い声援を受け、一人でも多くの横浜ゆかりの選手が出場し、躍動してくれることを心から願ってやみません。
2010年から16年という長きにわたり、このコラムを読み続けてくださり、本当にありがとうございました。私自身、これからも何らかの形で大好きな横浜市のスポーツ振興に携わり、恩返しをしていきたいと考えております。
皆様の健やかなスポーツライフと、横浜のさらなる発展を祈念いたしまして、本連載の締めくくりとさせていただきます。16年間、本当にありがとうございました。
参考文献
宮下充正ほか編(1986)子どものスポーツ医学, 小児医学19,p879.
渡邊將司,森丘保典,伊藤静夫,三宅 聡, 繁田進, 尾縣貢(2014)日本代表選手の青少年期における運動遊び経験およびトレーニング環境 -日本代表選手に対する軌跡調査-,陸上競技研究紀要,Vol.11,4-15.
1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。
元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。
現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。
2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。
また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。
1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。
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