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元オリンピック陸上選手苅部俊二のダッシュ

vol.129「東京2020」

7月21日(水)から8月8日(月・祝)まで、東京オリンピック競技大会が開催されました。世界的な新型コロナウイルス感染症拡大の影響により1年の延期を経ての開催でしたが、無事に閉幕しました。感染症対策が講じられ、多くの種目が無観客での開催となりました。

新国立競技場

このような状況下で開催できたことは、多くの関係者の大変なご尽力があったからと思います。また、さまざまな見解のある中、選手は複雑な思いを抱えつつも開催していただいたことへ感謝し、最大限のパフォーマンスを見せてくれたと思います。

日本のメダルは金27個、銀14個、銅17個の合計58個で、史上最多でした。陸上競技は銀メダル1、銅メダル1、入賞7という成績で、悪くはありませんでしたが、種目によっては世界との差を見せつけられてしまう結果となりました。

私はハードルコーチとして、選手団に入りました。
ハードル種目では、男子110mHでハマスポでも紹介した横浜市出身泉谷駿介選手(順天堂大学)と金井大旺選手(ミズノ)が、400mHで山内大夢選手(早稲田大学)、女子では100mHで寺田明日香選手(ジャパンクリエイトグループ)が準決勝進出を果たしてくれました。
泉谷選手は準決勝において、レース中盤にバランスを大きく崩してしまい、これがなければ決勝に進出していたと思います。惜しいところで決勝進出を逃してしまいました。悔やまれます。

私の指導している選手では、金井選手が準決勝でなんと転倒、400mHに出場した黒川和樹選手(法政大学)が予選敗退と、良い結果は残すことができませんでした。金井選手は最後のオリンピックということもあり、決勝に残らせてあげたかったです。黒川選手は初めての日本代表、世界大会で、良い経験となったと思います。次につながるレースをしてくれました。

 


新国立競技場

 

選手の生活について少し紹介したいと思います。
多くの報道にもありましたし選手たちもSNSなどで発信していましたが、選手たちが生活する晴海の選手村は、不自由なことはほとんどなく快適に過ごすことができました。日本のボランティアの皆さんの仕事ぶりや対応は、今まで私が参加させていただいたオリンピック選手村経験(6回)の中で、間違いなく最高レベルでした。食事に関しても、日本人の舌に合っているということもあるでしょうが、ダントツの金メダルでした。

食堂に置いてある日本のお菓子は、外国人選手がこぞって持ち帰っていましたし、ケーキやアイスも大人気でした。やはり、日本の食のクオリティは高いです。外国人選手たちがたこ焼きや餃子を大量に取っていたり、ラーメンやうどん、そば、寿司に列をつくっていたりするのを見るたびに、嬉しくなりました。

選手村・食堂の様子

 

ニュースでも取り上げられていましたが、「バスタブが小さい、狭い」「ベッドが壊れる」などといった話題がありました。バス、トイレはユニットバスで、たしかに狭かったのですが、極端に小さいなどということはありませんでした。SNSは、身長2m超級の選手が発信していたものと思われます。

バスタブは確かに大柄の外国人選手にとっては小さかったかもしれませんが、日本の普通のユニットバスの大きさです。私は今まで、バスタブがない選手村を何度も経験しています。リオデジャネイロオリンピックの選手村の部屋は、今回よりも狭いトイレ付シャワールームしかありませんでした。たしか、トイレが棟ごと詰まって、大変なことになったような記憶があります。トイレの紙の使用制限が発令されていました(笑)。今回はシャワートイレでしたから、驚いた選手もいたのではないでしょうか。段ボールベッドは頑丈で、エアウィーヴのマットが敷いてあり快適でした。

ただ、冷蔵庫とテレビはレンタルしなければならなかったようで、私たちの部屋にもありませんでした。しかし、Wi-Fiもありますしクーラーボックスもあります。部屋は多少狭かったですが、競技に向けて生活するには全く問題はありません。食堂も近くて便利でした。アトランタオリンピックやシドニーオリンピックは、食堂までバスで移動しなければならない距離にあり大変でした。オリンピック「選手村あるある」の、いつも込み合うエレベーターは、一度も込み合いませんでした。

選手村内は、徒歩で全体を移動できるくらいの広さでしたが、自動運転のトヨタの電気自動車が選手村内を巡回走行しています。近未来的な感じです。
ほかに選手村にあるのは、ウエイト場や病院、遊技場、ランドリー、お土産屋、郵便局、銀行、ヘアサロン、ネイルサロン、簡易コンビニ、携帯ショップなど、生活に必要なものはほぼそろっています。


自動運転電気自動車が走る選手村

外に出ることを禁止されているので、普通のコンビニや薬局、家電量販店などが入っていたら、外国人の方々も喜ばれたのではと思います。選手村から抜け出す人もいたようでしたから、もう少し選手村内を充実してあげれば避けられたかもしれません。ただ、オリンピックはスポンサーなどの絡みがあるので難しいのかもしれませんね。

皆さんご存知と思いますが、今回の選手村は、新築の分譲マンションを使用させていただいています。日本チームは、その1棟すべてを借りています。メダリストと普通にすれ違ったりエレベーターで一緒になったりして、皆、気さくにあいさつを交わします。メダリストは玄関口に写真が飾られ、選手はそこを通過して競技場へ向かいます。なかなか特殊な空間ですよね。

メダリストの写真が張り出されたボード

 

オリンピックが終わり、これからパラリンピックが始まります。さまざまな評価がなされていますが、国内外おおむね好印象、高評価であるように感じられます。ただし、このような状況下での開催にはさまざまな意見があり、我々は真摯に受け止めていく必要があります。

まだまだ正解の見えない中での活動は続きます。何が大切なのか、何をすべきかということを常に問いながらも、前に進んでいかねばなりません。多くの方がオリンピックを観て、何かを感じていただいたことでしょう。多くの責任も負いつつ、次の目標に向かっていきたいと思います。

 

苅部俊二 プロフィール

1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。

元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。

現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。

2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。

また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。

1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。

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