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元オリンピック陸上選手苅部俊二のダッシュ

vol.113「インターハイ2019」

 
 8月3日(土)から8日(木)までの5日間、沖縄県沖縄市タピック県総ひやごんスタジアムで「令和元年度全国高等学校総合体育大会陸上競技大会 秩父宮賜杯 第72回全国高等学校陸上競技対校選手権大会」が開催されました。「ひやごん」とは何でしょう?現地のキャラクターか?と調べたら、競技場のある比屋根(ひやごん)という地名でした。
 

 
 横浜市関係高校の成績は、男子棒高跳びで金井高校3年の中野隼斗選手が、5m10を跳び見事2位でメダルを獲得しました。また、男子5000m競歩で中大附属横浜高校の3年吉川絢斗選手が22分29秒31で6位入賞。惜しくも入賞は逃してしまいましたが、横浜高校の村越優汰選手が、同じく男子5000m競歩で9位に入りました。村越選手はまだ2年生、来年はメダル争いをしてほしいですね。
 
 神奈川県では、相洋高校3年の男子800mでクレイアーロン竜波選手が1分50秒24、女子400mで同じく相洋高校の髙島咲季選手が53秒44で優勝を果たしました。リレーでも相洋高校が女子4×100m、女子4×400mの両種目を制し、髙島さんは3冠を達成、女子の最優秀選手に選出されました。相洋高校は学校対抗で女子総合も獲得し、神奈川の陸上競技の強さを見せつけてくれました。素晴らしい活躍でした。
 
 今大会は台風が3つも近づいたこともあり、毎日風が強く、時折豪雨かと思えば強い日差しが降り注ぐという難しいコンディションでした。特にクレイアーロン選手が優勝した男子800m決勝の前後は最悪の天候でした。強い雨に加えての強風、その中で力を発揮したクレイアーロン選手は相当な力の持ち主です。
 
 ハードル競技でも向かい風、横風が強く、筋力のない選手、特に女子はバランスを崩してしまい、力を発揮できない選手もいました。競技は雨の影響もありますが、選手は風の影響の方が強く受けます。長距離では、小雨くらいのほうが走りやすいこともあります。
 
 男子走り高跳びでは風でバーが落ちてしまい、選手が飛ぶ直前まで手でバーを支えなければならないほどでした。また、風の強い組と弱い組でかなりの差があり、運不運が顕著でした。競技の中断もありましたから、中断前と中断後は全くコンディションが違い、不公平だったかもしれません。
 

 
 横風のほうが多かったので、風の強さはそれほど大きな数値としては出ていませんでしたが、瞬間最大風速はかなりの速さだったと思います。
 
 陸上競技の風速を100m走で例えると、スタートしてから10秒間の風速を計測し、その平均の風速を算出しています。追い風は、平均風速2mを超えると参考記録となってしまいます。向かい風はすべて公認されます。
 
 風速はかつて、筒状の計測器で風車(プロペラ)式の風速計で計測していました。今は、超音波式の風速計を使用しています。
 

                                                            株式会社ニシ・スポーツHPより
 
 この方式は、装置の先端にある超音波送受信器(写真の上部、4つの黒い部分)の間を、超音波パルスが伝達する時間を測定することで風速を算出しています。風が吹くと、その超音波パルスの伝達時間に違いが生じるのです。現在の公認記録は、ほとんどこの超音波式が使用されています。特に世界記録などは、この超音波による風速計を使用していないと公認されません。
 
 向かい風や追い風がどのくらい走りに影響するのかについてよく聞かれることがあります。例えば「今日の100m、〇〇選手が向かい風1.2mで10秒0台でしたが、無風ならどれくらい出ていましたか?9秒台は出ていましたか?」などという質問を受けます。これは、なかなか回答が難しいです。斜め風のこともありますし、平均の風速を計測していますので、突風だったのか、いつ吹いたのかまではわかりません。選手の走り方でも変わります。このような質問には、いつも回答に苦慮します。できればしてこないでほしいです(笑)。

苅部俊二 プロフィール

1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。

元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。

現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。

2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。

また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。

1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。

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