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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.70「このチーム、この街」

 私事で恐縮だが、ご愛読いただいた当コラムは今月をもって最終回を迎えることになった。丸6年である。横浜にまつわるスポーツ人をプロアマ問わず取り上げるユニークな企画だった。誰でも知ってるようなプロのスター選手から、高校バスケ部や町の少年サッカークラブまで幅広く取材してきた。本当に楽しく、かつ勉強になった6年間だ。スポーツと横浜という街とが分かちがたく結びついているのを毎月、現場で実感してきた。

 

 最終回に取り上げるアスリートは自分のなかでは早々と決めていた。横浜DeNAベイスターズの守護神、山﨑康晃選手だ。スター中のスターだから横浜市体育協会の担当Tさんには交渉やアポ取りでお手数をかけたと思う。またDeNAベイスターズ広報の三島輝史さん(!)にも本当にお骨折りいただいた。

 

 実は山﨑康晃選手とはご縁がある。かつて東京都荒川区、日暮里の一角に焼肉「絵理花」という店があった。北海道日本ハムファイターズで俊足堅守の名外野手として鳴らした森本稀哲さん(以下、普段通り、ヒチョリでいきます)の実家だ。僕は知る人ぞ知る大のファイターズファンであり、その上、自宅が台東区のいちばん荒川区寄りに所在する。常連客にならないほうが難しいのだ。一時期は本当に毎晩のようにお邪魔していた。その店に山﨑康晃少年が来ていたのだ。

 

 僕が見かけた最初はボーイズリーグの選手だったかなと思ったら、今回確認したら小学生だったという。目がクリクリして可愛い少年だった。店では「あっくん」で通っていた。確か「あっくん」は親御さんと一緒に見えて、店内の野球バカの会話に耳を傾けていた。あるいはもうちょっと後のある夜は、ヒチョリのお母さんと進路相談っぽい話をしてた。親どうしが仲良しだから話が早い。ヒチョリのお母さんは帝京高校の前田三夫監督が信頼できる方だということ、それから帝京野球部が(強豪校のわりに)全寮制でなく、自宅から通えて経済的に助かったという話をしていた。

 

 「あっくん」は地元のスター選手、ヒチョリに憧れていた。かたや遊撃手からコンバートの外野手、かたや投手であったが、ポジションは関係ない。ひたむきに背中を追いかけていた。やがて帝京高校へ進み、プロの門を叩く。僕はその純な感じがちょっと泣けてくるくらい好きだ。

 

 荒川区の空気感をここに記しておきたい。温かい土地柄だ。ヒチョリのドラフトが決まると「絵理花」はお祭り騒ぎになった。町に大の野球好きがいる。少年野球の先輩後輩が残っている。例えば「あっくん」が公園を走っているとき、無遠慮にズカズカ踏み込むことはせず、そっと見守る感覚がある。今、何か苦しいことがあるのか、ぐおお~っと燃え上がっているのか、感じるものがあっても黙っている。

 

 僕も大の野球好きのおっさんとして、その空気の一部になっていたはずだ。例えば『巨人の星』の下町の情景で、星飛雄馬の家にプロスカウトが来たりすると、わーっと集まって、内容もわからないのにウンウンうなずいたりする近所のおっさんが大勢いたじゃないか。まさにあの烏合の衆だ。

 

 帝京3年の秋、「ドラフトにかからなかった~」と親御さんがしょげ返るのをなぐさめた。「あっくん」は亜細亜大学に進学し野球を続けることになる。その後、東都リーグで目覚ましい活躍を遂げ、日米野球の代表に選出されるのはご存知の通りだ。2014年のドラフトで山﨑康晃投手はDeNAベイスターズから1位指名される。その瞬間、荒川の仲間から電話がかかってきた。お互い親戚でも何でもないのに「やったやった!」「おめでとう!」と大騒ぎだ。僕はDeNAベイスターズファンでも何でもないのに泣けてきた。

 

 

 「自分が今、プロ野球選手になって球場の盛り上がりのなかに立つのは不思議ですね。演出がすごい盛り上げてくれるんですよ。普段は荒川の野球少年のまま、何も変わらないと思っていますけど、この球場でマウンドに立つとスイッチが入ります」

 

 「僕は結果、抑えるにしても打たれるにしても、面白い選手だろうなと思います。結果にこだわるんですけど、結果は自分でどうにもならない部分があるので、その前の準備や気持ちのつくり方をしっかりやろうと思っています。去年の日本シリーズ、内川(聖一)さんにホームランを打たれたのも、何度も見返したんですけど、そんなに悪いボールじゃないんですよね。それでも打たれた。去年の僕にはあれ以上のボールはないんです。でも、そこに足りないものがあったということなんですよね」

 

 「横浜は僕を成長させてくれた場所です。沢山のファンの皆さんの声援を受けて、いつも頑張っています。このチームに入れてよかったです。この街が大好きです」

 

 

 

 当コラムは6年前、DeNAベイスターズ移籍2年目の森本稀哲選手の記事(vol.1「全てはファンから始まる」)でスタートしたのだ。そして今月、プロ4年目の山﨑康晃投手で大団円を迎えた。ひとつの野球の系譜、ひとつの街のチーム、ひとつの熱情を描けた気がする。横浜は今年も素晴らしいスポーツの舞台であり続けるだろう。僕もペンを置いて、観客としてそれを見に行こう。

 

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

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