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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.62「エンジョーイ!」

 

 

 神奈川県の高校野球は質量ともに分厚い。第99回全国高等学校選手権(平たく言うと「夏の甲子園」!)神奈川大会に参加したのは189チームだ。圧倒的な数だ。そこに伝統校、実力校がひしめいている。僕は「神奈川予選ファン」を何人も知っている。常日頃から「神奈川予選は甲子園より面白い」「甲子園はオマケ」と言ってはばからない猛者だ。彼らと「今年の橘学苑は‥」なんてワイワイ野球談議する楽しさといったらない。神奈川県の高校野球は単なる「出身校の応援」で終わらないのだ。神奈川を愛して止まないファンがいる。

 

 その魅力を支えているのは一に競技水準の高さ、二に参加チームの個性じゃないだろうか。競技水準が高く、したがって熱戦目白押しであることは論を俟たない。そこに個性が加わる。強豪校のキャラが立っているのだ。ひと頃、スポーツ評論家の一群が高校野球を「没個性」「画一性」「軍隊式」「滅私奉公」等々と批判した。僕も真夏にエースを連投させて、あんまり「滅私奉公」して欲しくはないが、「没個性」については的外れに思えたのだ。

 

 当時は「イチローの振り子打法」「フリオ・フランコのスコーピオン打法」のように(あるいは大リーグのように)、個性的なプレーをしたほうがいいのだと言われていた。あるいは地味なユニホーム、ボーズ頭は日本の後進性の残滓だという風に言われた。まぁ、単純な議論ではある。反証としては「イチローの振り子打法」のイチロー自身が高校野球の出身であることを挙げればいい。また例えば横浜隼人を見てほしい。「阪神タイガースそっくりユニホームの強豪校」って強烈じゃないか。

 

 僕は高校野球は当時の議論より多様性をたたえたものだと思っている。そして、神奈川は輪をかけて個性的だと思っている。で、なかでも一度、前々から書きたいと思っていたのが慶応高校の存在だ。正式には「慶應義塾高等学校」。言わずと知れた日吉の名門私立校だが、これが大学同様、スポーツが大変盛んなのだ。野球部もプロ選手を輩出している。近いところだけでも佐藤友亮(元西武)、白村明弘(日本ハム)、山本泰寛(巨人)の名前が挙がる。県下の実力校だ。

 

 慶応高校を初めてTVKの試合中継で見たのはいつだったろう。おお~っと声が出た。ベンチの光景が映っていた。帽子を取った選手がボーズ刈りじゃないのだ。大学野球の選手みたいな感じだった。カッコいい。「慶応ボーイ」のイメージに合っている。これは面白いなぁと思った。慶応高校くらい人気・実力に加え、歴史を持った学校が「非・ボーズ」を選択している。東京都予選で見かける1回戦負けの学校(最近減ったけれど、一時期は草野球かと思うような長髪のチームがいた)とはわけが違う。

 

 慶応高校野球部は、1888年結成の三田ベースボール倶楽部にルーツを持っている。前身のひとつ「慶應義塾普通部」は1916年、第2回の全国中等学校野球大会(現在の「夏の甲子園」)で優勝を飾っている。前身のもうひとつ「慶應義塾商工学校」も戦前、甲子園の常連だった。つまり、どこよりも早く「ベースボール」に取り組んできたのだ。

 

 そこまで考えて東海道線に乗って平塚球場(正式名「バッティングパレス相石スタジアムひらつか」)へ行った。論より証拠だ。2回戦の「慶応×相模原総合」を観戦する。慶応応援席はチアガールも出て、大学野球の応援みたいだった。もちろん「ダッシュKEIO!」や「若き血」もやった。選手らが「エンジョーイ!」「エンジョーイ!」と声を出している。チームの合言葉だ。これは中興の祖とも呼ぶべき前監督・上田誠氏が打ち出した「エンジョイ・ベースボール」の精神から来ている。

 

 自由を重んじる伸び伸び野球。社会の中核を担う人材を育てようという慶応らしい発想だ。もちろん滅茶苦茶を許すわけじゃなく、ノブレス・オブリージュのような自律性を前提としている。他校とは一線を画すという自負もカッコいい。しかも、強いのだ。これは誰も否定しようがない、見事な在り方じゃないか。

 

 読者は1995年、第77回大会に出場した静岡県立韮山高校を覚えておいでだろうか。韮山高校は静岡有数の進学校だが、文武両道の気風で野球部が強い。その年は1回戦で田辺高校(和歌山)、2回戦で越谷西(埼玉)を破り、3回戦で金足農業(秋田)と当たった。このとき、金足農業の監督さんが「あんな、髪を伸ばしてやってるチームに絶対負けるな」と選手にハッパをかけたのだ。韮山高校は当時珍しく「非・ボーズ」の出場校だった。そのとき、あぁ、そういう感じになるんだなと思ったのだ。

 

 僕の知る範囲で「非・ボーズ」校は慶応高校、韮山高校のほか、埼玉の聖望学園、香川の小豆島高校だ。たぶんもっとあると思うのだが、名前を挙げられるくらい少数派だ。約20年前の時点で「あんな、髪を伸ばしてやってるチーム」と言われた事情は今もそれほど変わってない。といってそれを「日本の後進性の残滓」と切り捨てるのも僕には抵抗がある。若者のお洒落が「短髪」系(その都度、モミアゲを伸ばしたり、ヒゲを伸ばしたりアレンジが加わる)に変わってきただけで、球児たちも色々工夫している。

 

 が、何にしても「ボーズ」「非・ボーズ」が問題の核心であるはずがない。正々堂々いいプレーをして、さわやかに勝利するだけだ。僕は慶応高校の4番、正木智也君に注目していた。強く振れるし、足がある。早く打順が来ないかなぁと待ち遠しかった。最終回、センターの大飛球を背走し、好捕したのも素晴らしかった。正木君が「ボーズ」か「非・ボーズ」かが本質であるはずがない。あの背走ファインプレーの躍動感こそベースボールの本質だ。平塚球場のスタンドで拍手を送った。

 

 

 

 

 

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

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