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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.18「7年後」

手元に産経新聞の号外がある。日付は平成25年9月8日。うちの奥さんが上野の街頭でもらったものだ。見出しは「2020年 東京五輪/決戦投票 イスタンブール下す」。開催が決まった瞬間、ガッツポーズするフェンシングの太田雄貴選手、顔をくしゃくしゃにして喜ぶ滝川クリステルさんらの写真(AP配信)がカラーで入っている。あの日は面白かった。僕はNHKのオリンピック特番を途中まで見て、信越線の始発に乗るべく新潟駅前のホテルをチェックアウトした。

iPhoneのラジオアプリでNHKラジオ第一を聴いた。予定より開催地発表が遅れた。新潟駅のホームで発表されない。発車アナウンスがあって、信越線に乗り込んでもまだ発表されない。何駅めだったかを目前にしてラジオの音声が「トーキョー!」と聴こえた。おわぁ! つい車内で声が出た。付近のボックス席には夜遊び帰りらしい10代の女の子がかたまっていた。つい教えたくなって「今、東京オリンピック決まったよ」と言う。

「うわ、すごい」「ホントに決まった?」「にせん何年?」「7年後? 25歳? すごくね!?」「25歳?」「25歳やばい」「東京カンケイないじゃん」「東京ますますゴミゴミする」。ホンの短い間だったが、彼女らのオリンピックをめぐる振幅がすごかった。そして、「7年後も新潟県にいるであろう自分」に思いをはせる実存的な思考のフラッシュがとても興味深かった。

そうなのだ。まだ見ぬ「2020年東京五輪」は具体的な像を結ぶことなく、むしろ日本人の実存にこそ働きかけた。9月8日、ツイッターのホットワードは「7年後」だった。皆、7年後の(五輪よりも、それを見るであろう)自分を思った。そのとき、自分はどうしてるだろう。幸福だろうか。孤独だろうか。どんなことを考えているだろう。どんなことを夢見ているだろう。

2013年のコラムで取り扱う「2020年東京五輪」は、何よりもこの合わせ鏡のような構造を描かねばならない。オリンピックを語るようでいて、人は自分自身を語る。オリンピックを空想するようでいて、人は自分自身を空想する。そして当『横浜スポーツウォチング』にも素晴らしいオリンピックの語り手が登場することになった。神奈川区東神奈川で主として「船の制服」を手がけておられるテーラー、藤崎徳男さん(84歳)だ。

 藤崎徳男さん

東神奈川の(有)藤崎にお邪魔すると海員制服がところ狭しと並び、壮観だった。その奥から藤崎徳男さんがひょいと顔をのぞかせる。海員制服、船舶用ユニホームを手がけられ50年だそうだ。職人ひと筋。想像通り横浜市へは海員組合の関係で越して来られた。職業人生の振りだしは東京都台東区、浅草橋の「久喜テーラー」だった。

実は藤崎さんは「1964年東京五輪」の栄光につつまれた人物だ。今も記憶に残る「東京オリンピック日本選手団の赤いブレザー」を仕立てたテーラーのひとりなのだ。全日本技術コンクール大臣賞(農林大臣賞)受賞の腕を見込まれて30着ほどの公式ブレザーを担当した。採寸のため代々木に通われたそうだが、仰天したのは担当したのが男女バレーボールの選手らだったことだ。当たり前だが大柄だった。藤崎さんはまったく予備知識なく採寸されるが、選手らは後にメダリストになる。「1964年東京五輪」の男子バレーは銅メダル。女子はもちろん金メダルの「東洋の魔女」だ。

そして今年の9月、藤崎さんのところへマスコミ各社が殺到する。「1964年東京五輪」の栄光を「選手団の赤いブレザー」は象徴している。テレビなら絵に映せるし、新聞もカラー写真付きで人物記事が書ける。「二度目の東京開催を心待ちにしている84歳の仕立て職人」という物語だ。ここでも「7年後」がキーだ。当然のこと、藤崎さん7年後、91歳になっている。

「もしやってくれということならですけど、2020年のブレザーも是非仕立てたいですね。こちらからやらせてくれということは言いません。だけどここに取材に見えたディレクターや記者さんの名刺が30枚あります。9月は朝4時から夜の9時まで取材に張り付かれて、僕はその後、体調を崩して寝込んだんですよ。家の前にテレビの中継車が来て、近所の人は何があったのかと思ったそうですよ」

藤崎さんは「時の人」になった。僕が信越線でNHKラジオ第一を聴いていた「決定の瞬間」はテレビカメラが入っていた。生中継だ。それは本当に大変だったなぁと感じ入る。

「日の丸ブレザーは日本人の精神を表したものでなくてはなりません。職人のこだわりと誇りがかかってるんです。もし2020年も仕立てることになったらテーラー人生の集大成になりますよ。絶対に恥ずかしい仕事はできません」

各社に遅れて11月に藤崎さんを訪ねたライターには、日本選手団の制服がどのようなダンドリを経て決められるものかわからないのだ。けれど願わくば、藤崎さんに二度目のブレザーを仕立ててもらいたい。

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

※タイトル・本文に記載の人名・団体名は、掲載当時のものであり、閲覧時と異なる場合があります。

 
 
                           
 
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