ハマスポ

 
横浜市風景シルエット
 
       
 

ハマスポロゴハマスポ

横浜市風景シルエット
 
注目ワード
 
えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.12「奇跡の生まれる場所」

 この連載を始めたときから「大橋ボクシングジム」は必ず取材しようと思っていた。大橋ジム、かつては「大橋スポーツジム(02年まで)」という呼び名でした。元WBC・WBA世界ストロー級チャンピオン、大橋秀行さんが会長を務めるジムです。横浜駅から歩いて5分もかからない場所に日本を代表する、超メジャーなボクシングジムがある。
 そりゃ東京だったらプロモーターも兼ねた大手のジムがあるのも納得だけど、横浜っ子が地元に開いたジムから世界王者が輩出している(!)。これはすごいことだ。WBCスーパーフライ級王者を2度防衛した川嶋勝重、WBAミニマム級王者として井岡一翔との名勝負を演じ、今年4月、WBCフライ級王者を奪取、2階級制覇を達成した八重樫東、そして大橋ジム初の女子世界チャンプ、WBAライトミニマム級王者、宮尾綾香。それから今、ある意味、世界チャンプに負けない注目を集めているアマ7冠の俊英、井上尚弥。「日本を代表する、超メジャーなボクシングジム」って表現は誇張じゃないでしょう。どうですか、横浜人は大いに誇りとすべきじゃないでしょうか。


大橋ボクシングジム・大橋秀行会長(日本プロボクシング協会会長、東日本ボクシング協会会長)

 「横浜は地元ですね。羽沢幼稚園、上星川小学校、保土ヶ谷中学。で、家はね、神奈川区なんですよ。生まれも育ちも神奈川区羽沢町。横浜には愛着もあって、自分にとっては大切な場所ですね。プロ入りしたときはヨネクラジムって東京・池袋にあるジムだったんだけど、やっぱり引退したらすぐに横浜戻って来ようって決めてましたし。ボクシングジムやるなら東京じゃなくて地元横浜って思ってました」
 現役時代、地元横浜は「ホッとする場所」だったという。ヨネクラジムは日曜日が休みで、土曜の練習が終わると実家に帰るのがいつものサイクルだった。また試合が終わった後、しばらく実家で過ごすのも習慣だった。「150年に1人の天才」と騒がれた大橋秀行選手も、またそれだけに重圧のなかにあったのだろう。プレッシャーから解放されて、自分に戻れる場所は何より大切だった。
 「相鉄線の上星川駅ですね。子供の頃は山ばっかり。お墓も多かったし。大体、最初の頃、道路が舗装されてなくてジャリ道でしたからね。下が沼や田んぼで。あの第二京浜とか第三京浜とかが出来る前、あの辺、全部山だったんですよ。友達がいっぱいそこにいたんだけど、みんな計画で転校してっちゃって。僕は小学校1年くらいかな、完成予想図とか看板に出てるんだけど、こんな山がそんなになるわけねーだろって(笑)、思ってたらホントに立派な高速が出来て、今、家も増えちゃって。だから出身が横浜って言うと大体、おシャレなイメージを持たれるんだけど、僕のところはもうひとつの横浜って感じです」
 少年時代の話をうかがって面白かったのは、実は実兄・大橋克行さんのほうが運動神経バツグンで圧倒的に目立つ存在だったということだ。「何をやらせてもズバ抜けてたんです。兄と僕と2人並べて、将来、このどっちかがボクシングの世界チャンピオンになるって言ったら百人が百人、兄だって思ったはずです」。克行さんも後にプロボクサーとして活躍する。が、世界を獲ったのは弟の秀行さんだった。
 僕はとても意外な気がしたのだ。だって「150年に1人の天才」のお兄さんはもっと天才だった(!)なんて信じられますか。僕のイメージしていた大橋秀行選手は保土ヶ谷中学時代にプロのジム(当時の協栄河合ジム。現在の名称は「オーキッド・カワイ・ボクシングジム」)に通い、横浜高校では2年でインターハイを制した才気のかたまりだ。
 「横浜高校では海藤(晃)先生に『お前は駄馬だ!』ってシゴかれて駄馬なのかなと思ってたら、プロに入ったら米倉(健司)会長に『150年に1人の天才』って持ち上げられて。米倉会長は自信を持たせてくれようとしたのかもしれませんね」
 「ボクシングは才能だけじゃないんですよ。才能だけだったら川嶋よりすごいヤツが何人もいました。川嶋には雑草の強さがあった。いちばん大事なときに全部出し切れる強さがないとダメなんです。川嶋はそれをジムの伝統として残してくれた」  まぁ、これはとんでもなく高度な話なのだと思う。世界チャンピオンという存在は一種の奇跡みたいなものだ。才能と執念と闘争心と天運と、もう様々な要素が惑星直列みたいに並んだときに出来上がる感じのものだ。ただ「150年に1人の天才」と騒がれた人が「ボクシングは才能だけじゃない」と断言する重さにしびれる。

 

 ジムを見学させていただくと仰天するのはカテゴリーの開放性だ。一応、一般の会員(練習生やフィットネスの女性会員等)と競技レベルの者はフロアを分けているようだが、言ってしまえば同じ施設のなかに同居している。こんなことって他の競技ではあり得ないだろう。つまり、プロ野球と草野球が同じところで汗を流してる。
 僕は今、会社員で横浜在住・在勤だったら大橋ジムの門を叩くなぁ。大橋会長がおっしゃってるのとは全然違う、低いレベルの話として(当然だけど)才能なんてない。だけど、世界チャンピオンの惑星直列。才能と執念と闘争心と天運と、そういうまぶしいものが並んでしまうリアリティを間近で実感できる気がする。
 横浜のスマートなイメージ、横浜のローカルな結びつき。大橋ボクシングジムにはその両方があると思う。TVカメラが入るような派手な世界でもある一方で、人間的なものが最も重んじられる空間でもある。いやぁ、だけどマジで一般会員おすすめしますよ。女性専用ロッカー&シャワールームがあるのもすごい。いっぺん見学したら感動すると思います。

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

※タイトル・本文に記載の人名・団体名は、掲載当時のものであり、閲覧時と異なる場合があります。