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元オリンピック陸上選手苅部俊二のダッシュ

vol.112 「第103回日本選手権」

 6月27日(木)から30日(日)に、第103回日本陸上競技選手権大会が、福岡県・博多の森陸上競技場で開催されました。福岡県での開催は実に72年ぶりのことで、時折雨の降るコンディションでしたが、たくさんの方が観戦にいらしてくださいました。大会としては大成功と言えます。

 本大会は、男子100mのサニブラウン選手(フロリダ大学)と桐生祥秀選手(日本生命)の9秒台対決が注目されていました。2020年オリンピックを翌年に控えていることもあり、近年で1番盛り上がった大会になったと思います。

 

 28日、男子100m決勝は、サニブラウン選手が10秒02の大会記録で優勝、2位には10秒16で桐生祥秀選手が入り、9秒台対決はサニブラウン選手に軍配が上がりました。3位は10秒19で小池祐貴選手(住友電工)、4位には10秒24で飯塚翔太選手(ミズノ)が入りました。
 風が安定せず、小雨ということもあり9秒台は出ませんでしたが、史上最高レベルの男子100m走は見ごたえのあるレースとなりました。

 サニブラウン選手の走り

 

 横浜の出身者では、男子棒高跳びで以前このコラムでも紹介した(vol.110)日本大学の江島雅紀選手(荏田高校出身)が5m61を跳んで初優勝しました。順調に結果を残していますね。
 また、優勝は惜しくも逃しましたが、男子110mHで日本タイ記録の同記録で2位となった順天堂大学の泉谷駿介選手は武相高校出身です。泉谷選手は、走幅跳で軽く8mを超え、三段跳でも日本トップクラスの実力の持ち主です。今後大注目の選手です。ぜひ覚えておいてください。

 

 泉谷選手は、今大会でドーハ世界選手権の標準記録を突破し、同記録でしかも日本タイ記録をマークしたにもかかわらず、世界選手権の内定を得られませんでした。これは、日本陸上競技連盟が設定した世界選手権の参加資格基準に準じたものです。今回の日本選手権での内定は、参加資格(標準記録突破もしくはアジア選手権優勝)保持者で優勝のみという基準であり、2位は選ばれないのです。
 この基準、実は私も策定にかかわっています。
 2人までは内定しても良かったと思います。2人が内定すれば、もっと盛り上がったかもしれません。すみませんでした。「3人目はポイント制を使う」でよかった気がします。

 

 同じような現象が、男子で400mHと走高跳、女子でやり投げと10,000mに起きてしまいました。9月7日にならないと追加の内定を彼らに出すことができません。内定後にすぐに本番の世界選手権となってしまいます。ちなみに、江島選手は日本選手権で優勝しているので、どこかの大会で標準記録を突破すればその時点で内定を出すことができます。

 泉谷選手が日本記録を出したことで、男子110mHは日本記録保持者が3名いることとなりました。走高跳や棒高跳では重複して日本記録保持者がいることは可能性として多いかもしれませんが、短距離種目で3名の日本記録保持者が存在するのは珍しいことと思います。あとの2名は、今回、日本選手権で優勝した高山峻野選手(ゼンリン)と昨年の日本選手権優勝者、金井大旺選手(ミズノ)です。

 

 金井選手は私が指導する選手なのですが、今回の日本選手権は残念ながら準決勝においてフライングで不正スタートと判断され、失格となってしまいました。金井選手も好調で、泉谷選手と高山選手と勝負してほしかったです。

 このフライング、何があったかというとスタートの反応が早すぎてフライングしたと判定されたことが原因でした。陸上競技のルールではスタートの合図があってから0.1(100ミリ)秒より早く身体が動くと、音を聞いてから動いたのではなくカンで出たと判断され不正スタートとなります。
 ルールなので仕方がないのですが、本人はカンで出たのではなく、ちゃんと音を聞いてから反応しているので、納得できません。スターターにすぐに説明を受けに行きました。私もそこに行きました。そこでは、スタートの反応の時間を示した図(波形)を見せてくれます。
 金井選手の反応時間は0秒099でたったの千分の1秒早かっただけでした。世界選手権などでは、とりあえず走らせてもらって後から失格もできるのですが、それも認められませんでした。

 0.1秒を争う陸上競技で言うのは不適切かもしれませんが、千分の1秒は誤差範囲のような気がします。陸上競技の公式記録だって百分の1秒なのですから。スタート判定装置はスターティングブロックに設置されていますが、圧力の設定方法でも多少の誤差が生じるかもしれません。

 図:金井選手のスタート反応時間

 

 レース後、もちろん抗議はしました。スタート審判長の方には丁寧にご説明をいただきました。この0秒099を判断にするということで、抗議は受け入れてもらえませんでした。
 審判長の判断はルールに基づいているので仕方ないのですが、ルールブック第162条6項の注にもスタート判定装置の証拠は正しい判定の1つの材料に使用されるとあります。判定装置が不正スタートの判断の1つであるということは、目視されている審判の判断もその1つであること、スターター、リコーラーの審判の方々は金井選手について不正スタートではなかったと述べていることから、考慮されても良かったのではと思ってしまいます。
 とにかく選手がかわいそうです。これからは遅く出なければいけないのでしょうか。スタートすることに恐怖感を感じてしまいます。

 

 音刺激による全身反応時間は、刺激が、感覚受容器(耳)に入って、その情報が脳に入って処理され、運動野からの指令が末梢神経を通じて筋へ送られることで筋活動が起こります。音が耳に届くまでの時間と、この全身反応にかかる時間が0秒1より小さい値でヒトは反応できないということから、0秒1より速い反応は不正スタートという判断なのですが、アスリートを対象としたいくつかの研究で、0秒1より速い反応時間を示す報告もあります。

 金井選手はもともと反応の速い選手で、金井選手だけでなく、泉谷選手も5月に0秒101で反応していましたし、日本リレーチーム第1走者の山縣亮太選手(SEIKO)も0秒10台で反応することが何度もあります。リレーの時はいつもヒヤヒヤしていました。

 絶対にありえないと言われればそれまでですが、世界には0秒1の設定を超えるアスリートが存在することも考えられます。トレーニングによって反応時間が短くなっていることや人類の進化もあるかもしれません。この0秒1という数値の検証と再考をしなければならないと言えるでしょう。

 

 反応の速さも短距離走の醍醐味です。
 選手の不利益にはならないように、正しい判断をできるようになってほしいものです。

 会場の福岡県・博多の森陸上競技場

苅部俊二 プロフィール

1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。

元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。

現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。

2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。

また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。

1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。

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