ハマスポ

 
横浜市風景シルエット
 
       
 

ハマスポロゴハマスポ

横浜市風景シルエット
 
注目ワード
 
あんどうたかおのバスケにどっぷり

vol.174「バスケットボール日本代表とビーコルと50年前のアメリカでの備忘録」

令和6年3月20日(現地時間19日)、スイスで「パリ2024オリンピック競技大会」の組み合わせ抽選会が行われた。
くじを引いたのはNBAのかつてのスーパースターであるカーメロ・アンソニーとペニー・テイラー。

男子は「FIBA(バスケ世界連盟)男子オリンピック世界最終予選(OQT)」結果による出場4カ国が決まっていないが、ポット(グループ)分けは以下のように決まりフランス、ドイツ、OQT(ラトビア)と同じグループになった
ポット1はアメリカ代表(FIBAランキング1位)、ドイツ代表(同3位)、ポット2はセルビア代表(同4位)、オーストラリア代表(同5位)、ポット3はカナダ代表(同7位)、フランス代表(9位)、ポット4は日本代表(同26位)、南スーダン代表(33位)。
ポット1から順にスペイン会場、ラトビア会場、プエルトリコ会場、ギリシャ会場のOQT勝者が入ることになる。
抽選の結果、日本と同じポットに入ったチームのうち、フランスといえばNBAサンアントニオ・スパーズの超ビッグマン224cmビクター・ウェンバンヤマ(20=サンアントニオ・スパーズ)が出場するので面白そう。横浜ビー・コルセアーズ(ビーコル)が誇る日本代表の河村勇輝は、普段の練習で4cmほど低いが、ビーコルのビッグマン、カイ・ソット相手に練習出来るから少し有利かな?(笑)
なお、大会は7月27日から8月4日にかけて開催。各グループの上位2チームに加え、3位チームのうち上位2チームを含めた合計8チームが準々決勝に進出する。準々決勝以降は会場をパリに移し、各組2位までの6チームと、3位のうち成績上位の2チームが進出する。
男子は8チーム、女子は全12チームが出場を決まっており、男子の残る4チームは7月に各地で行われる最終予選で決まる。
■「パリ2024オリンピック競技大会」男子 組み合わせ
グループA オーストラリア、OQT(スペイン会場勝者)、カナダ、OQT(ギリシャ会場勝者)
グループB フランス、ドイツ、日本、OQT(ラトビア会場勝者)
グループC アメリカ、セルビア、OQT(プエルトリコ会場勝者)、南スーダン
7月27日の男子初戦は、昨夏のW杯初戦で対戦し敗れたドイツとの再戦となり、29日に行われる女子の初戦は、東京五輪決勝で対戦した米国となった。両者ともに一度対戦している相手なので対策は立てやすいだろう。

一方女子組合せも同時に発表された。
事前に決められた女子のポット分けは…
ポット1はアメリカ代表(FIBAランキング1位)、中国代表(同2位)、オーストラリア代表(同3位)。
ポット2はスペイン代表(同4位)、カナダ代表(同5位)、ベルギー代表(同6位)。
ポット3はフランス代表(同6位)、日本代表(同9位)、セルビア代表(同10位)。
ポット4はプエルトリコ代表(同11位)、ナイジェリア代表(同12位)、ドイツ代表(同19位)。
ポットからそれぞれ1カ国がグループAからグループCに振り分けられることになり、抽選の結果、日本はアメリカ、ベルギー、ドイツと同じグループCに入った。
なお、大会は7月29日から8月11日にかけて開催。各グループの上位2チームに加え、3位チームのうち上位2チームを含めた合計8チームが準々決勝に進出する。
■「パリ2024オリンピック競技大会」女子 組み合わせ
グループA 中国、スペイン、セルビア、プエルトリコ
グループB オーストラリア、カナダ、フランス、ナイジェリア
グループC アメリカ、ベルギー、日本、ドイツ

■男子日本代表 「88年ぶり」に中国に勝つ!?
2月25日、「FIBAアジアカップ2025予選 Window1」が開催され、バスケットボール男子日本代表(FIBAランキング26位)は、中国代表(同29位)と有明コロシアムで対戦し、「うちの子」河村勇輝の12得点4リバウンド3アシスト活躍もあり76-73で逃げ切った。
FIBAは「88年ぶりの勝利」と言っているが、これはFIBAが主催する大会だけを対象にしているので、実際には2017年に長野で開催された東アジア選手権で76-58で勝利しているうえ、2012年に東京で開催された第4回FIBAアジアカップ(現FIBAアジアチャレンジ)でも、60-50で勝っている。

■河村勇輝とスタッツ
現在各地区で地区優勝とチャンピオンシップ進出権争いが繰り広げられているなか、得点とリバウンドの個人スタッツ2部門で島根スサノオマジックのペリン・ビュフォードとトップ争いをしていると専門誌(サイト)等で取り挙げられるNo.5河村勇輝。

2人とも得点とアシストでチームを牽引しているが、河村はそれらのスタッツ(各ゲームの記録を集計したもの)にはそれ程興味を示していない。彼の頭の中は「ビーコルの勝利と優勝」でスタッツは各ゲームで勝利のためのプレーの結果での「数字」でしかない。
彼はビーコルが勝つためなら無得点無アシストでも平気だと思う。
ちなみに3月25日・45ゲーム消化した時点のスタッツは以下の通り(記録は全て1ゲーム平均)
出場分 30.3分
得点 22.0点
FG成功/試投 7.1/16.9
確率 42.2%
3P成功/試投 2.4/7.8
確率 31.5%
AST 7.4

■カイ・ソットがもたらす河村勇輝の進化
オリンピックには出場出来ないものの、フィリピン代表メンバーでもあるビーコルのNo.11カイ・ソットが先月辺りからやっと力を発揮し始めた。ビーコルに欠けていた高さを補って攻守ともに活躍し始めた。

西地区広島ドラゴンフライズに今シーズン加入したものの腰椎椎間板ヘルニア(療養期間:未定)で開幕前の9月28日にインジュアリー・リストの登録されていたところをビーコルが期限付き移籍で獲得した。
ビーコル・デビュー戦となった2023年12月30日vsシーホース三河戦ゲーム①では12.8分のプレータイム、その後も島根2ゲームを除けばおよそ12分程だったが、2024年2月7日SR渋谷戦から急に倍近い25分台に増えた。プレータイムの増加とともに得点が7.9→17.0、リバウンドも3.3→9.7と3倍近くになり、チームの成績も4勝7敗が6勝3敗と逆転した。
これは青木HC(ヘッドコーチ)がアドバイスしたのではと聞いてみたら「してないです」…と言う返事。腰が万全の状態でなく、さらに「トレーニングを積んでから加入したのではないため、チームとしては「起用しては休ませ、起用しては休ませ」を繰り返し、徐々に体力とゲーム勘の回復に努めてきた結果、あの辺りから本来の形に戻ったのではないかと思います。」とのこと。
今シーズンは動けて得点出来るフォワードとしてジュロード・ユトフ。I/Sの要としてジョッシュ・スコットを加えたが、スコットの膝の状態が万全でなく、確実に取れるI/Sの得点とリバウンドが弱点となり、今一つ勝ちきれなかったビーコルだった。
すぐの起用と活躍は期待していなかったと思うが、プレーさせてみたらポテンシャルの高さが嬉しい誤算だったと思う。
オフェンスでは河村のドリブルからの空中高いループパスが多かったが、河村の手を離れてからカイ・ソットの手に収まるまでの時間が長く、最近はジャンプ力のあるアフリカ系選手に叩かれることも多くなった。また相手チームからスカウティングされ、河村がATB(リングにドライブでアタック)してくるとカイ・ソットへパスすると言うことが判られ、パスが通らない時も増えた。
しかしそれで終わるような河村ではない。最近ではループの少ないスピードあるパスも多くなった上、そのままレイアップに持ち込むこともやるようになった。これが元々の河村の姿ではあるが、この両方が出来ると相手ディフェンスが苦しむことになる。そして相手ディフェンスのスカウティングと対策に対し、さらにその上を行こうとする河村。相手ディフェンスの進化・変化こそ河村を進化させている。
…河村がまた一歩進化した。

◆ビーコル・ホームゲーム◆
3月30日(土)15時5分 vsアルバルク東京① 横浜国際プール
3月31日(日)14時5分 vsアルバルク東京② 横浜国際プール
4月10日(水)19時5分 vs信州ブレイブウォリアーズ 横浜BUNTAI
4月13日(土)15時5分 vs三遠ネオフェニックス① 横浜BUNTAI
4月14日(日)14時5分 vs三遠ネオフェニックス② 横浜BUNTAI
4月20日(土)13時5分 vsファイティングイーグルス名古屋① 平塚総合体育館
4月21日(日)14時5分 vsファイティングイーグルス名古屋② 平塚総合体育館

4月にオープンする横浜BUNTAIで開催される3試合、特に4月10日の試合は歴史に残る一戦となるので、見逃せない!
チケットの購入については横浜ビー・コルセアーズの公式サイト内のチケット情報でチェックしてほしい。

■忘備録
大学1年生の時、アルバイトでバスケ専門誌の編集の手伝いから始まった私の「バスケ・バカ」っぷりについて思い出しながら書き連ねてみたいと思う。

<初渡米>
今時「渡米」などと言う仰々しい単語は使わないだろうが、半世紀前なら納得の話であろう。
遊びに行った「バスケットボール・イラストレイテッド」誌(通称イラスト誌)編集部にあったアメリカのバスケ専門誌を見てアメリカバスケの表面を知ることが出来た。

その後自分で本(マガジン・タイプ)を買い漁り、少しずつアメリカのバスケに興味が湧き、本場で生を見たいと思ってはいたが、どうしたら見れるのかすら分からなく、種々情報集めをし、お金を溜め、ついに27歳の時バスケを見るためだけのためアメリカへ行った、
この時初の高校日本代表チームを作りハワイ遠征をすることが決まり、当時中央大附属高・野口政勝先生から誘われそこに同行し、その後本土(メイン・ランド)へ渡ることとなった。

高校生達と分かれ1人で本土へ渡ったのが1973年3月20日。前もって段取りをしてくれた北海道・岩倉組女子バスケ監督の田口氏がサンフランシスコ空港で迎えてくれた。イラスト誌にアメリカの情報を書いてくれていたマイケル・パーカーさんの自宅へ寄りオークランドのサンフランシスコ・ウォリアーズの本拠地、オークランドアリーナへシアトル・スーパーソニックス戦を見に行った。今と同じように盛り上がった丘の中にあり、入口へは階段を上って行く。登った所に入口があり、コートはすり鉢の底にあり、見下ろす形になる。最近はウォリアーズが強くステッフ・カリーと言うシュートの上手い超スーパースターが居るので、ここへ行った方も多い事だろう。
田口氏が前もってチームに連絡していただいたお陰でエンド・ライン沿いで写真を撮らせて貰えた。この時初めて見たスーパースターがリック・バリーだった。ポイントゲッターだけに常にボールを持ち、シュートを狙っていたが、その中でトップの位置から「ジャンプ・シュート」と思ったら頭上で両手に持ち替えノーマークだったゴール下のセンターへ(多分ネート・サーモンドだと思うが)鋭いパス。当時としては初めて見るプレーで、これぞスーパースターのプレーと感心したものだった。

翌日はシアトルへ飛ぶが、ここでアメリカの洗礼を受けてしまった、空港で預けたバッグが他所の空港へ行ってしまった。良くある話(笑)。
シアトルでは 今は無きチーム、シアトル・スーパーソニックスvsミルウォーキー・バックス戦を見た。
シアトルには若く筋肉マン・フォワードのスペンサー・ヘイウッドが居て、バックスにはあのカリーム・アブドル・ジャバ―(既に「ルー・アルシンダー」から改名してた)と「ビッグ・オー」ことオスカー・ロビンソンと言う2人のスーパースターが居た。プレスされても217cmながらボール運びが出来るジャバ―とシュートとパスの上手いポイント・ガードが居る。当然このシーズンのNBAチャンピオンになった。
ここで記憶に残っているのはこの2人ではなく、ソニックスのスペンサー・ヘイウッド。レフリーのジャッジが気に食わずイライラしているのが見ていて分かる。それがダンクする機会が有った時、両手でボールを投げ下ろす(投げつける?)ように目一杯強くダンクした。ここまでなら無くは無い話。驚いたのはフロアから跳ね返って来たボールがリングの高さまで届いこと。口がアングリ状態だった(笑)。
翌朝シアトルからLA(ロサンゼルス)へ向かう空港のレストランでジャバ―に会った。3個先のテーブルに一人で座っていたので、田口さんが話をしてくれ撮影させてもらった。

気難しいのかと思ったらニコヤカに対応してくれ、着ていたコートを態々脱いでくれた。多分日本で初めてになるジャバ―の顔写真(NBA関係では初のカラー写真では無いかと思う)を撮らせてもらった。手が震えていたかもしれない(笑)
握手したが大きくて柔らかい手だった!!
バッゲージはその夜、田口さんが手配されて無事にホテルへ届いた。

翌日憧れ(笑)のニューヨーク(NY)へ。

着いた空港はニューアーク空港。ご存じの方も多いと思うがNYには3つの空港があり、厳密に言うとここはニュージャージー州。タクシーで州跨ぎすると、料金は倍になる(らしい)。距離的には15ドル程だが30ドルになった。現在なら30ドルは高くないが、当時は固定の1ドル=360円の時代。当時の東京で1万円ほどのタクシー代となると、どこまで行けたのだろうか。それまでそんな大金を払ったことは無く、驚いたことを覚えている。
この時はNYでゲームを見る計画はして無いが、当時コンバース(通称オールスター)日本代理店だった井上商事の事務所に挨拶に行っただけだったが、多くの会社が入っているビルの1部屋を借りてる訳だが、トイレへ行くのに鍵を持って空けて使用するとか、数日前同じフロアにギャングがピストルを持って襲撃してきたとか物騒な話を聞かされビビったことを覚えている(笑)。

そして翌日いよいよ憧れのボストンへ!
それは次回に…。

あんどうたかお プロフィール

1946年生まれ。

月刊専門誌「バスケットボール・イラストレイテッド」の編集長を経て、バスケットボール用品のデザイナーとして活躍。特にキャラクター「あんたかベイビー」のTシャツは一世を風靡した。日本初のバスケット・ユニフォームデザイナーとしても活躍。当時強豪と言われる殆んどのチーム<実業団-大学-高校>に関して何らかのデザインを手掛けている。またスポーツ界では唯一のファッションのコラムを持っていた。

現在は自身のユニフォーム・ブランド「305」を立ち上た。

NBAに関しては「月刊バスケットボール・イラストレイテッド」編集者時代の1966年から連載を執筆。TV解説はNHK BS以前にも東京12チャンネルで1985年から行っており、日本最古のNBA解説者と言われている。

過去にはスポニチウェブサイトのNBAコラムを担当。月刊バスケットボール及び月刊バスケットボール・マガジン等に連載を持っていた。

横浜の中学・高校バスケの指導者、関係者とのつながりが深く横浜及び神奈川県のバスケ事情に精通している。

現在は横浜をホームとするBリーグ「横浜ビー・コルセアーズ」の名誉広報として情報発信やプレス対応などチームの広報活動に力を注いでいる。

また(社)神奈川県バスケットボール協会広報顧問も務めている。

バスケット情報満載のあんたかブログ

※タイトル・本文に記載の人名・団体名は、
掲載当時のものであり、閲覧時と異なる場合があります。