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あんどうたかおのバスケにどっぷり

vol.30 ポートランド大 伊藤大司

 バスケットボールの頂点はアメリカにあるプロバスケットボール・リーグNBA(National Basketball Association)です。
 NBAと言ったらバスケットを知らない人でも、名前くらいは聞いたことがありますよね。
 世界中のバスケット選手はここを目指している、と言っても過言ではありません。
 日本人も同じです、NBAに憧れたり、NBA選手になりたいと思っている選手は多いものです。
 現に多くの日本人がバスケットのためにアメリカに渡っています。
 それは高校生だったり、大学生だったり、中には大学を出てから渡米した人。

 その頂点が横浜市立大道中学校を卒業した田臥勇太選手です。いまさら説明する必要はありませんが、高校バスケット界の超名門・秋田県立能代工業高へ進み、卒業後には米国ブリグハムヤング大ハワイ校へ進学し、帰国してJBLトヨタ自動車アルバルク・チームに入団し、04年フェニックス・サンズと契約して日本生まれの日本人としては初のNBA選手となりました。

 NBAを目指す中の一人にオレゴン州のポートランド大バスケットボール部に所属する伊藤大司選手がいます。メリーランド州にある高校バスケット界の名門モントロス・クリスチャン高校を卒業して進学してきました。
 ポートランド大パイロッツはD-1(ディビジョン1)のWCC(West Coast Conference)という中堅リーグに属する中堅校の一つで、96年には全米学生選手権にも出場していますしNBA選手も輩出してるかなりレベルの高い大学です。

 その大学で新人時代はリーグの優秀新人に選ばれ、昨シーズンはコー・キャプテン(複数人キャプテン)も勤めていました。今シーズンのパイロッツのポスターは彼が中心にいます。

 そして彼を見て、日本人の素晴らしさを知った同じリーグのゴンザガ大を始めとする数校から日本人を取りたい、とオファーが来てるそうです。

 私もアメリカのバスケットボールには少しは精通している人間として、アメリカで成功する条件は幾つか知っていて、それを元にアメリカ進出を目指す子供たちに教えてきました。

① クイックネスやスピードが優れていること。
② 日本人としてはシュートが抜群に入ること。
③ 幅がある、または体幹がシッカリしてること。

 コレが最低基準で、そこに日本人らしさのパスのセンスやBKIQ(バスケットボール知能指数)が高いこと、を言ってきました。

 ですから伊藤君もさぞかし大柄でシュートが入るのだろ、とか思いがちですが、そうでもないのです。
 07年にパイロッツのゲームがJ-SPORTSで中継された時、私を含めた多くの日本人は「上手くないジャン!」と思ったに違いありません。私はその他にも一度アメリカでTV中継を見ましたが、「こんな選手日本によくいる。」なんて思ったものです。

 しかしバスケットボールって奥が深いんです。
 スピードあるとかシュートが入るだけがチームの勝利に役立っているわけじゃないのです。
 シュートするためにはボールを貰わなければなりません。そのためにはシュートの上手い選手にスクリーンを掛けに行くことが必要です。
 シュート成功率って40数%です。ということは半分以上は外れる、ということなんです。
となると、オフェンスならそれに跳びつく選手、ディフェンスなら相手のリバウンダーを跳ばせなくするためボックスアウトをする選手がいなければ負けてしまいます。
 相手の得点王に対しては特別に強いディフェンスをして、気持ち良いシュートをさせないことも大事です。
 相手に対応するためには常に考えていなければいけないし、チームのリズムが悪かったり落ち込んでいる時には声を出して励ましたり、気持ちがバラバラになった時はリードしたり、時には叱咤激励する選手も必要です。

 表面的なスターは幾らでもいます。特にアメリカは上手い選手なんてゴロゴロしてます[笑]
 驚く無かれ、マイケル・ジョーダンより上手かったり、もっとジャンプ力のある選手も沢山知っています。

 現代のアメリカは、将来バスケットボールでお金を稼ごうと思っている子供たちが多くいます。
 貧困のため教育が受けられない子供たちが多いようで、彼らの中に運動能力が高い子がいたら、大人になって生活するために、大金が稼げるNBA選手を目指すことはごく自然なことといえます。

 そうなると「他人を蹴落としてまで」とは言いませんが、プレーで他人より注目され、上のステップに上がろうとすることが多くなります。
 小学生の頃は、街中のプレーグランドと呼ばれる屋外コートでプレーして、私立中学のリクルーターの目に留まるように頑張ります。
 そして奨学金を貰って中学でバスケットをして、そこで高校のリクルーターに注目され、強いチームに奨学金で進学して、大学やNBAチームから目を付けて貰おうとするのです。

 チーム競技でありながら、選手たちは個人競技と一緒なのです。
 つまりコーチの言うことを忠実に守ることより、チャンスと思ったらシュートして数字を残そうとすることの方が重視されてしまいます。
 確かにチャンスと思ったら1on1で攻めることが基本ですが、往々にして「コーチ及び周りの選手」と「当人の判断基準」が食い違うことがあります[笑]
 強引にシュートして、入ったら結果オーライとなるのが怖いですね。

 そんな中で、チームへの忠誠心を持って、責任感が強く、コーチの言うことを忠実に行おうとする日本人は「チームに無くてはならない存在」とJBAの西田さんが教えてくれました。

 目からウロコだったし、シュート力やスピードばかりに気を取られていた自分が恥ずかしくなりました。

 こんな風に日本人を理解してくれたのは、ヘッド・コーチがエリック・レベノという元日本鉱業チームの選手だったからです。
 彼はアメリカ西海岸では学業で最高峰のスタンフォード大出身で、日本でプレーしていました。身長が2mそこそこでインサイドの選手でした。
 ゴール下を攻めたり守ったりするには、10cmほど高さが足りません。それをカバーするために、彼はディフェンスを頑張ったり、優秀な頭脳を駆使したり、かなり苦労してきました。そして和の心が判る人間なのです。そういえばレイカーズの名将ジャクソン・コーチも「禅」の考えを取り入れた人間です。
 だから伊藤選手が活きるようになった訳です。

 そんな彼は大学内では勿論、町の中でも人気があるんです。ポートランド市内でも日本から来たと判ると、「伊藤の応援に来たのか? 彼は良い青年だよ」と言われたそうです。

皆から愛されている伊藤選手、嬉しいですね。

追伸

このほど自分のブランド「305」を立ち上げました。「さん・まる・ご」と読みます。

勿論バスケットボール専門で、ユニフォームやTシャツを製作します。

詳しくは下にある私のBlogへお入り下さい。

昔懐かしいあんたかベイビーのTシャツも販売してますよ。

あんどうたかお プロフィール

1946年生まれ。

月刊専門誌「バスケットボール・イラストレイテッド」の編集長を経て、バスケットボール用品のデザイナーとして活躍。特にキャラクター「あんたかベイビー」のTシャツは一世を風靡した。日本初のバスケット・ユニフォームデザイナーとしても活躍。当時強豪と言われる殆んどのチーム<実業団-大学-高校>に関して何らかのデザインを手掛けている。またスポーツ界では唯一のファッションのコラムを持っていた。

現在は自身のユニフォーム・ブランド「305」を立ち上た。

NBAに関しては「月刊バスケットボール・イラストレイテッド」編集者時代の1966年から連載を執筆。TV解説はNHK BS以前にも東京12チャンネルで1985年から行っており、日本最古のNBA解説者と言われている。

過去にはスポニチウェブサイトのNBAコラムを担当。月刊バスケットボール及び月刊バスケットボール・マガジン等に連載を持っていた。

横浜の中学・高校バスケの指導者、関係者とのつながりが深く横浜及び神奈川県のバスケ事情に精通している。

現在は横浜をホームとするBリーグ「横浜ビー・コルセアーズ」の名誉広報として情報発信やプレス対応などチームの広報活動に力を注いでいる。

また(社)神奈川県バスケットボール協会広報顧問も務めている。

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