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あんどうたかおのバスケにどっぷり

Vol.6 背番号

背番号というのはスポーツ選手の一つのアイデンティティですね。
中学や高校の部活での嬉しい思い出や辛い思い出は沢山あると思いますが、その時に背負っていたユニフォームの番号は結構思い出すものです。

以前の日本の背番号ルールは「4から始まる続き番号」と決まってました。各大会のエントリーは12〜15人なので、必然的に4〜18と決まってしまいます。
その上、不文律で4番はキャプテンと決まっていて、そして上級生からその後順番に下級生へと繋がります。

現在は規制が大幅に緩和されて、0や00番も許されてます。そして必ずしも連続番号でなくても良いということになって、自分好みの番号を付けることが可能になりました。
もっとも可能になっただけで、中学・高校で35番や40番という数字をつけているかといえば、それはありません。
何故って?
多くの中学・高校にとって、エントリーは大会毎に変わり、ユニフォームというモノは学校の持ち物で、ゲームごとに貸与されてる、ということだからです。

その点、市民大会等は規制は緩やかな上、ユニフォームは個人持ちが多いため、自分好みの番号を付けていて面白いです。何度か訪れた港北区民大会は正にその見本です。

そんな中で目に付いたのが「23」です。港北区民大会に限らず、ほとんどのクラブ・チームに、必ずと言って良いほど存在します。

23番といえば、バスケットをしない人でもご存知、「神」と呼ばれたマイケル・ジョーダンの番号です。
彼に憧れ、また少しでも彼に近づこう(?)と23番を付ける選手が多いのですが、逆にそれ故、付けられないという選手も多いのです。
何故???

第一に 「恐れ多くて背負えませんm(_ _)m」
第二に 「過大評価されて、プレッシャーになります」
第三に 「オイオイ、23番なんか背負っちゃって、どんなプレーするんだよ、という好奇の目や蔑みの目で見られるに決まっているから」

と、いうことは23番付けてる選手は、よっぽど自分のプレーに自信あるのか(笑)、人の目を気にしない前向きな性格の人か(笑)、自分のプレーを知らないお調子者(爆笑)
悪気があって書いたわけじゃないけど、ついそう思ってしまったのでm(_ _)m

スター選手と同じ背番号を付けたいと思うのは日本だけではありません。どちらかというとアメリカ人の方が多いでしょう。
かれこれ40年前になりますが、ニューヨークの高校時代から有名だったルー・アルスィンダー(*注)という218cmのスーパースターが33番を付けてUCLAにデビューしました。それ以来、全米のほとんどの大学のセンターの背番号は33番になった、という逸話があります。

彼に憧れ33番を付け、後にNBA入りして有名になった選手は大勢います。
ボストン・セルティックスのラリー・バードを筆頭にパトリック・ユーイング(ニックス)、アロンゾ・モーニング(ヒート)、スコッティー・ピッペン(ブルズ)達が付けてました。フォワードやセンターのポジションが多いですね。

更にいうと、高校や大学に入った時点で、既に33番は使用されていて、やむなく一番違いの32、34に変えさせられたと想像される選手も多いのです。

32番 マジック・ジョンソン(レイカーズ)、シャキール・オニール(ヒート)、カール・マローン(ジャズ)
34番 チャールズ・バークリー(サンズ)、アキーム・オラジュワン(ロケッツ)、ポール・ピアース(セルティックス)

スーパースターでこれだけですから、いかに多いか判っていただけると思います。

その33番に代わって増えてきたのがジョーダンの23番というわけです。
33番が大きい選手に多かったのに対して、23番はガードに多くなってます。
その代表がジョーダンの後継者と呼ばれているクリーブランド・キャバリアーズのレブロン・ジェームスです。
キングと呼ばれ、高校時代から評判は高く、大学に行かずストレートにNBA入りしました。それもドラフト全体1位です。
高校時代に、彼のゲームが特別に全国ネットで生中継された、という逸話があります。
そしてNBA入りする前に、スポーツ用品メーカーと7年間約100億円の専属契約を結びました。

さてさて、背番号というのはその様にして受け継がれてゆくのです。

日本でもやっと背番号が自由化になったので、憧れの選手の番号を付ける、という習慣が出来て欲しいものです。

ミスター・バスケットと呼ばれる名ポイントゲッター佐古賢一(戸塚区・汲沢中学校出身、現アイシン シーホース所属)選手の「2」が、日本中のガード選手が背負う番号になったら嬉しいですね。

(*注釈)
ルー・アルスィンダー
宗教の関係でカリーム・アブドゥル・ジャバーと改名。NBAで20年間プレーした。生涯最高得点記録を持つ、スカイフックというシュートを編み出し、大学時代は彼のためにダンクシュート禁止が発令された。NBA最高選手ともいわれる。

あんどうたかお プロフィール

1946年生まれ。

月刊専門誌「バスケットボール・イラストレイテッド」の編集長を経て、バスケットボール用品のデザイナーとして活躍。特にキャラクター「あんたかベイビー」のTシャツは一世を風靡した。日本初のバスケット・ユニフォームデザイナーとしても活躍。当時強豪と言われる殆んどのチーム<実業団-大学-高校>に関して何らかのデザインを手掛けている。またスポーツ界では唯一のファッションのコラムを持っていた。

現在は自身のユニフォーム・ブランド「305」を立ち上た。

NBAに関しては「月刊バスケットボール・イラストレイテッド」編集者時代の1966年から連載を執筆。TV解説はNHK BS以前にも東京12チャンネルで1985年から行っており、日本最古のNBA解説者と言われている。

過去にはスポニチウェブサイトのNBAコラムを担当。月刊バスケットボール及び月刊バスケットボール・マガジン等に連載を持っていた。

横浜の中学・高校バスケの指導者、関係者とのつながりが深く横浜及び神奈川県のバスケ事情に精通している。

現在は横浜をホームとするBリーグ「横浜ビー・コルセアーズ」の名誉広報として情報発信やプレス対応などチームの広報活動に力を注いでいる。

また(社)神奈川県バスケットボール協会広報顧問も務めている。

バスケット情報満載のあんたかブログ

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