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元オリンピック陸上選手苅部俊二のダッシュ

vol.140「日本陸上競技選手権2023」

6月1日(木)から4日(日)まで大阪・ヤンマースタジアム長居で日本陸上競技選手権2023(第107回日本陸上競技選手権大会)が開催されました。
この大会は、8月にハンガリー・ブダペストで開催される世界陸上競技選手権大会、7月にタイ・バンコクで開催されるアジア陸上競技選手権大会、さらに延期となっていた中国・杭州で開催されるアジア競技大会(9月終わりから10月初め)の今年開催される陸上競技の主要3大会の日本代表選考競技会となる重要な大会です。

本大会は、2日目の6月2日(金)から激しい雨が降り、競技日程が変更されたり、遅延したりして、出場選手のみならず、競技運営も大変なご苦労であったと思います。また、本州を中心に線状降水帯が発生し、大会会場にたどり着くことができず、欠場する選手や、間に合ってもウォーミングアップをする時間がなく十分に力を発揮できなかった選手もいました。代表選考がかかっている選手もいたので悔やまれます。

大会4日目、天候が回復し好条件の環境にかわり、男子110mハードルで泉谷駿介選手(住友電工)が13秒04(-0.9)の驚異的な日本記録をマークしました。
この記録は今期世界ランク2位で、世界ランキング1位との差はわずか0秒03(日本選手権終了時:現在は0秒06差)という世界レベルの記録です。

泉谷選手は、このコラムでも何度か紹介していますが、横浜市出身です。
横浜市立山下小学校、横浜市立緑が丘中学校、武相高校を卒業し、その後順天堂大学に進学、現在は住友電工で実業団選手として日本のスプリントハードル界をけん引してくれています。

現在、日本のスプリントハードルは好調で、女子を含めて世界でも勝負できそうな状況にあります。私は日本陸上競技連盟のハードル日本代表強化コーチなので、なんとか世界大会での入賞、さらにはメダル獲得を目指したいところです。

泉谷選手は男子110mHで12秒台突入を目標としています。男子110mHの12秒台とは男子100mの9秒台と同じく、世界のトップ選手が目指す記録です。
2023年6月現在までに男子100mの9秒台は世界歴代で150人以上が記録している一方で男子110mHの12秒台は22人しか記録できていません。ちなみに昨年は3人しか12秒台を出せていません。今年も今のところ1人です。昨年の男子100mの9秒台は26人いました。110mHの12秒台とは、それほど難しい記録なのです。


World Athleticsより引用

男子100mで人類初の9秒台をマークしたのはアメリカのジム・ハインズ氏です。残念ながらこの6月3日に76歳で逝去されましたが、ハインズ氏は1968年メキシコオリンピックで9秒95の世界記録で金メダルを獲得しました。この記録が人類初の電気計時の9秒台ということとなります。
男子110mHで初の12秒台は、1981年アメリカのレナルド・ニアマイア氏がスイス・チューリッヒでマークした12秒93です。

男子100mはその後、記録を伸ばし、現在の世界記録はウサイン・ボルト氏(ジャマイカ)の9秒58です。男子110mHはアメリカのアリエス・メリット選手の持つ12秒80です。100mは、初めての9秒台から0秒37記録が伸びていますが、110mHは12秒台に入ってから0秒13しか記録を伸ばせていません。

さらに言えば、メリット選手の12秒80はハードルの1台目までの歩数を8歩から7歩に減らしたことによる影響が高く、もし8歩のままであったなら劉翔氏(中国)の12秒88が世界記録として残っていたはずなので、これだとニアマイア氏の記録からわずか0秒05しか記録が伸びていないこととなります。

110mHという種目は1台目までを7歩もしくは8歩、間を3歩+ハードリングとゴールまでの歩数で、ほとんどの競技者が51~52歩ほどで走ります。これは中学生でも成人でもトップ競技者でも、ある程度の競技成績をもつ競技者は皆同じ歩数で走り終えるという特殊な種目です。

単に足が速いだけでも、ハードリングがうまいだけでも記録は出ません。さらに身長が大きければ良いかというとそうでもありません。ハードルの位置は決まっていますので、身長が大きすぎてもハードルが近くなりすぎてしまいます。記録を上げるにはストライドを調整して脚の回転を上げなければなりません。

ストライドを伸ばしすぎてもダメだし、脚の回転(ピッチ)にも限界があります。歩数はほぼ同じ…。となると、もうこの種目は伸びしろがあまりない種目なのではと予測されます。110mHという種目は、ほぼ完成形を迎えた種目なのかもしれません。

前置きが長くなりましたが、泉谷君はスプリント能力が非常に高く、さらに走り幅跳びでも8mを超える超人的なバネもあります。身長は175cmとそれほど大きくはないのですが、先に示した通り、ハードル種目は大きすぎてもうまくいきません。
110mHは、身長180cm前後の選手が多いなかで、スタート前に立った時は多少低く見えるのですが、いざスタートすると身長差を全く感じない走りをみせてくれます。この泉谷選手のハードリング技術は世界一だと思います。

今回の日本選手権の成績で泉谷選手は世界選手権の日本代表選手に内定しました。これから世界の大会にどんどん出場してもらいたいものです。
世界レベルの大会におけるスプリントハードル種目では、1964年東京オリンピック女子80mHで依田郁子さんが5位に入賞して以来、入賞者はいません。泉谷選手は、入賞は確実に狙える位置にいますし、メダルにも届くかもしれません。ぜひ、ブダペスト世界選手権での泉谷選手に、横浜市から大きな声援を送ってください!

苅部俊二 プロフィール

1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。

元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。

現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。

2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。

また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。

1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。

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