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元オリンピック陸上選手苅部俊二のダッシュ

vol.38「10秒01」

前回のハマスポで日本人100m9秒台について書きましたが、4月29日(月)に広島で開催された織田記念陸上でわずかに9秒台には届きませんでしたが、10秒01という日本歴代2位の好記録がマークされました。記録したのはなんと17歳の高校生です。
動画は決勝レース(追い風参考 10秒03)

10秒01を記録したのは、京都の名門洛南高校3年生の桐生祥秀選手。10秒01は世界ジュニア歴代1位タイ記録となります。10秒01は予選で出され、期待された決勝では残念ながら10秒03(追い風参考記録)でしたが、それでも十分速いです。
2ヶ月連続ですが、9秒台が現実味を帯びてきましたので再び短距離走についてお話したいと思います。
桐生選手の10秒01の分析は日本陸連科学委員によってレース後すぐに分析がなされました。主な分析結果は以下となります。
① トップスピード 11.63m/sec
② 最高速度時のピッチ 5.0歩/秒
③ 最高速度時のストライド 2m33
④ 最高速度出現距離 40-50m

トップスピード11.63 m/secは時速に換算すると41.87km/hになります。ちなみに世界記録(9秒58)を持つウサイン・ボルト選手は12.27 m/secで時速44.17キロです。ボルト選手の最高速度は65m付近で出現しましたが、桐生選手は40m過ぎでトップスピードに乗ることができます。速度の立ち上がりが非常に早いようです。また、特筆すべきはピッチの速さです。ピッチとは1秒間に脚が回転する速さのことです。世界を含めトップ選手のピッチはだいたい4.5歩/秒から4.7歩/秒程度です。ボルト選手は、ピッチは低く、その分広いストライドを獲得することで高い速度を出しています。ボルト選手の最大ストライドは3mを越えていると報告されています。
日本人トップ選手でピッチ5.0歩/秒を越えたのは1996年アトランタと2004年アテネオリンピック代表の土江寛裕氏くらいしか思い当たりません。つまり、桐生選手は脚を速く回転させる能力が非常に高く、さらにストライド2m33も身長(175cm)と比較して決して小さくない(身長ストライド比1.33)、むしろ大きい。したがって速度が高いということになります。
この脚の回転、速くしようとしても速くなりません。たとえば自転車でマックスまでペダルを漕いでしまうと回転についていけず脚が空回りしてしまうと思います。ペダルの回転の速さに脚がついていけないのです。桐生選手はより高い回転で脚を回せるのです。高い速度でも筋発揮できる能力を持っているのでしょう。
ボルト選手の100m平均のピッチは4.29歩/秒で100mを41歩から42歩で駆け抜けます。桐生選手は平均でいうと4.73歩/秒程度で47歩ほどです。

さて、このピッチですが、実は2歳くらいで4歩/秒以上を達成してしまいます。少し古いデータですが、図を見て下さい。一番下の折れ線がピッチなのですが、2歳から15歳までほとんど違いがみられません。つまり、ピッチは成長とともに上がっていくものではないのです。成長に伴って脚が速くなるということは回転が上がるのではなくストライドが伸びることによるのです。図の真ん中の折れ線がストライドで、一番上が疾走速度です。ストライドが伸びるということは脚長が伸びる。つまり身長が伸びていることでストライドが広くなっているのです。

脚の回転は上げようと思っても容易に上がるものではありません。天性の素質なのでしょう。


図 発育発達に伴う疾走速度、ストライド、ピッチの変化
(身体運動学概論:大修館書店より)

疾走速度はストライドとピッチによります。ストライドとピッチをかけたものが速度です。つまり、疾走速度を上げるにはピッチは同じでストライドを広げるか、ストライドは同じでピッチを上げるか。もしくは両方上げるか。さらに細かく言うとピッチを犠牲にしてその分を補うストライドを稼ぐか、もしくはその逆、が必要となります。
脚をつくところ云々、腕振り云々いろいろと言われていますが、このピッチ、ストライドの関係が疾走の基本です。今回桐生選手の走りを観させていただいて基本の大切さを痛感しました。
といいますか、正直な感想を申しますと、観ていて恥ずかしかったです。私は昨年まで日本陸連男子短距離の責任者を務めていました。先に書いたような科学を駆使し、分析し、最先端の技術のトレーニングを行ってきたつもりです。しかし、今回その最先端の指導を受け、整った練習環境でトレーニングを行うことが出来ているはずの選手たちがそろって高校生に敗北してしまったのです。しかも完敗。洛南高校のグランドは直線で100mとれないと聞きます。練習はかなり制限されているはずです。もちろん彼の素質もあるでしょうが、その恵まれない環境の中で基本的なトレーニングを丁寧に積み重ねてきた結果なのでしょう。私にとっては、初心を思い出させてくれるレースとなりました。

これから、桐生選手自身に様々な情報が入ってくると思います。これを有効に活用してほしいと思いますが、決してマイナスにしてほしくないですね。また、とても高校生の走りとは思えませんが、彼がまだ高校生ということを忘れてはいけません。日本の宝です。彼がストレスなく専心できるよう守っていかねばなりません。

さて、広島織田記念陸上のわずか4日後、静岡エコパスタジアムで静岡国際陸上が開催されました。そこでも好記録がマークされました。男子200mで中央大学の飯塚翔太選手が20秒21の今期世界ランキング1位(当時)を記録、早稲田大学の橋元晃志選手も20秒35を記録しました。飯塚選手もジュニア時代世界の頂点に立った選手です。
また、やり投げでも4月29日織田記念陸上においてスズキACの海老原有希選手が62m36の日本新記録を樹立しました。この記録は5月現在世界ランキング4位の好記録です。
2013年度日本陸上界、幸先のよいスタートを切ることができました。6月は日本選手権、そして8月の世界陸上モスクワ大会とこの勢いで突っ走ってほしいものです。

苅部俊二 プロフィール

1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。

元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。

現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。

2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。

また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。

1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。

ブログ

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