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SPORTSよこはまVol.44:夢を信じて


横浜DeNAベイスターズ 梶谷 隆幸選手

えのきどいちろう氏

あなたが子どもの頃に抱き続けた夢は? トップアスリートが子どもの頃に見ていた夢、そして夢を持つことの大切さを語る新企画「夢を信じて」。
インタビュアーはコラムニストのえのきどいちろう氏。
記念すべき第1回目は横浜DeNAベイスターズの梶谷隆幸外野手です。


横浜DeNAベイスターズ 梶谷 隆幸選手

梶谷 隆幸(かじたに・たかゆき)◯島根県・開星高校出身。2006年高校生ドラフト3巡目指名で横浜ベイスターズ(当時)に入団。2010年、ファームで33盗塁を記録して、イースタン・リーグの盗塁王を獲得。2012年、1番・ショートで初の開幕スタメンを果たす。2013年、公式戦77試合に出場。16本塁打を記録するなど、飛躍の一年となった。
2014年より背番号が3に変更されるとともに、外野手へコンバートされ、新たな挑戦を続けている。

─どんな少年でしたか?

島根の松江出身で、田んぼばっかりの田舎でいつも外で遊んでいました。

─その頃、梶谷少年は何を考えてました?

なにも考えてないですよ。

─「プロ野球選手になりたい!」とか。

まあ、うっすらとは思ってましたね。

─当時から大きかったんですか?

いえ、小学生の頃は150センチくらい。ガリガリで細かったですね。ただ、足は速かったんです。

─もう運動会のヒーローですか?

だからモテたんですよ、小学校の頃。足が速いとモテる(笑)。

─お、すげー! 小学生の時から野球を?

母親に「野球やりたい」って頼んだんですが、「小4まで待ちなさい」って言われて、小4から少年野球団に。でも小学校の部活はサッカー部だったので、小4からの3年間は月曜から金曜がサッカー、土日が野球。それに小6で陸上も。

─すごいカッコいい小学生ですね。梶谷さんぐらい足速かったら、サッカーでもいいサイドバックになりそうですよね。

サッカーの方が自信ありましたね。

─マジっすか。本気で野球に取り組んでみようと思ったのは?

中3ですね。中学は野球部に入ったんですけど、どんな大会も良くて2回戦の弱小チーム。中3の6月に負けて引退でしたが、もっと野球やりたくて、小学校の時の少年団の監督さんから地元のクラブチームに頼んでもらって練習だけ参加させてもらいしました。年下の人達もすごく上手くて。ちょっと「おぉ」みたいな感じでしたね。そこで初めて野球を教えてもらいました。そこから全てがはじまりました。

─その縁とかがなかったら、プロ野球の選手には?

なれなかったでしょうね。

─僕が「梶谷さん凄いな」と思っているのは、自分の理論というか、アプローチをちゃんと考えてやってることなんです。考えるのが好きなタイプ?

考えちゃうんですよ。他人にこうせいああせい言われたら逆にやりたくなくなるというか、自分流が好きなんですね。自分の信念なり軸なりを持ってる方がいいんじゃないかなと思っています。

─「他人の言うことを聞きたくない」って、すごく難しいとこですよね。やっぱり真面目なのってウケがいいんですよ。でも、自信も根拠もないし生意気だけど他人に言われるのは気に入らないみたいなのって、絶対にある。僕は梶谷さんがそうだっていうことを読んだりするとうれしい子とかいると思うな。

僕は他人の顔色を気にしたことがないですね。今も、子どもの頃も。空気をわざと読まないこともあります(笑)。成功する方向に行くのであれば他人がどう思おうが関係ないですからね。野球って個人スポーツでもあるから、個人がレベルを上げて上手い人間が集まったら自然と強くなる。自己犠牲はもちろんケースバイケースで大事なんですけど、まずはそれぞれの役割を全うする。そう考えてるんですよね。

─グラウンドで梶谷さん見てると、やりきろうという気持ちをすごく感じますよね。もう背中が言ってます。

ケガも多かったですし、ファームにいて「今年で終わりだろうな」と思ったこともありました。ダメだったらクビだなという覚悟はできてたんで、それなら自分の信念でやろう、自分のいいと思う方向でやろうと。悔いを残したくなくて。それで野球人生が終わるんだったら、自分が決めたことで終わった方が後味いいじゃないですか。自分が信じた方向でクビになるなら、そうなろうっていう感じでやったのがたまたまハマったというか、いい方向にいってくれたのかもしれませんね。

─例えば子どもたちにはどんなアドバイスをしますか? 僕はYouTubeで研究してバッティングフォームを作ったっていう話とかびっくりしました。

イチローさんをよく見ましたね。ホント勉強になります、他チームの選手を見てると。例えば糸井嘉男選手(オリックス・バファローズ)、雰囲気が違うんですよ。立ち居振る舞いとか。格好いいですよ。今でもなんですけど、小っちゃい頃からいい選手のプレーをよく見てましたね。だから、好きなんだったらとことんやればいい。自分も本当に下手くそだったけれど、上手くなっていく楽しさがすごくあって。好きだったら伸びると思うし、辛いこともやれると思います。子どもの頃、毎日バット振っていても、正直、やりたくない日ももちろんありました。でも父親が絶対聞いてくるんですよ、「お前、バット振ったか?」って(笑)。好きなものに熱中するほど人生楽しいことないと思うんです。

─好きだから自分の中にある種みたいなものの芽が出て、真っすぐ伸びていったんですね。

野球の技術的な部分ではいろいろ寄り道しましたけど、気持ちだけはずっと真っすぐだったんじゃないかな。

─この先、梶谷さんはどんな夢を。

やっぱり優勝ですね。個人としてはトリプルスリーを叶えたい。まだ8人しかやっていない偉業なんで、そんな簡単なことじゃないんですけど、この舞台にいるんだったら叶えてみたい。まぁ、目標っていうよりは夢ですよね、ホントに。それが夢ですね。

取材を終えて

えのきどいちろう


梶谷隆幸は今、最も「トリプルスリー」に近い選手だ。打率3割、30盗塁、ホームラン30本。日本のプロ野球では2002年の松井稼頭央(西武ライオンズ・当時)から記録した者がいない。インタビューを終えて、絶対、梶谷選手は達成するだろうと確信を持った。もちろん技術や身体能力がバツグンだということもある。が、それ以上に野球に対する取り組み方が面白い。自分で考えて、自分で努力してる人間がきっと成功すると思うのだ。


横浜DeNAベイスターズ 梶谷 隆幸選手

えのきどいちろう氏

あなたが子どもの頃に抱き続けた夢は? トップアスリートが子どもの頃に見ていた夢、そして夢を持つことの大切さを語る新企画「夢を信じて」。
インタビュアーはコラムニストのえのきどいちろう氏。
記念すべき第1回目は横浜DeNAベイスターズの梶谷隆幸外野手です。


横浜DeNAベイスターズ 梶谷 隆幸選手

梶谷 隆幸(かじたに・たかゆき)◯島根県・開星高校出身。2006年高校生ドラフト3巡目指名で横浜ベイスターズ(当時)に入団。2010年、ファームで33盗塁を記録して、イースタン・リーグの盗塁王を獲得。2012年、1番・ショートで初の開幕スタメンを果たす。2013年、公式戦77試合に出場。16本塁打を記録するなど、飛躍の一年となった。
2014年より背番号が3に変更されるとともに、外野手へコンバートされ、新たな挑戦を続けている。

─どんな少年でしたか?

島根の松江出身で、田んぼばっかりの田舎でいつも外で遊んでいました。

─その頃、梶谷少年は何を考えてました?

なにも考えてないですよ。

─「プロ野球選手になりたい!」とか。

まあ、うっすらとは思ってましたね。

─当時から大きかったんですか?

いえ、小学生の頃は150センチくらい。ガリガリで細かったですね。ただ、足は速かったんです。

─もう運動会のヒーローですか?

だからモテたんですよ、小学校の頃。足が速いとモテる(笑)。

─お、すげー! 小学生の時から野球を?

母親に「野球やりたい」って頼んだんですが、「小4まで待ちなさい」って言われて、小4から少年野球団に。でも小学校の部活はサッカー部だったので、小4からの3年間は月曜から金曜がサッカー、土日が野球。それに小6で陸上も。

─すごいカッコいい小学生ですね。梶谷さんぐらい足速かったら、サッカーでもいいサイドバックになりそうですよね。

サッカーの方が自信ありましたね。

─マジっすか。本気で野球に取り組んでみようと思ったのは?

中3ですね。中学は野球部に入ったんですけど、どんな大会も良くて2回戦の弱小チーム。中3の6月に負けて引退でしたが、もっと野球やりたくて、小学校の時の少年団の監督さんから地元のクラブチームに頼んでもらって練習だけ参加させてもらいしました。年下の人達もすごく上手くて。ちょっと「おぉ」みたいな感じでしたね。そこで初めて野球を教えてもらいました。そこから全てがはじまりました。

─その縁とかがなかったら、プロ野球の選手には?

なれなかったでしょうね。

─僕が「梶谷さん凄いな」と思っているのは、自分の理論というか、アプローチをちゃんと考えてやってることなんです。考えるのが好きなタイプ?

考えちゃうんですよ。他人にこうせいああせい言われたら逆にやりたくなくなるというか、自分流が好きなんですね。自分の信念なり軸なりを持ってる方がいいんじゃないかなと思っています。

─「他人の言うことを聞きたくない」って、すごく難しいとこですよね。やっぱり真面目なのってウケがいいんですよ。でも、自信も根拠もないし生意気だけど他人に言われるのは気に入らないみたいなのって、絶対にある。僕は梶谷さんがそうだっていうことを読んだりするとうれしい子とかいると思うな。

僕は他人の顔色を気にしたことがないですね。今も、子どもの頃も。空気をわざと読まないこともあります(笑)。成功する方向に行くのであれば他人がどう思おうが関係ないですからね。野球って個人スポーツでもあるから、個人がレベルを上げて上手い人間が集まったら自然と強くなる。自己犠牲はもちろんケースバイケースで大事なんですけど、まずはそれぞれの役割を全うする。そう考えてるんですよね。

─グラウンドで梶谷さん見てると、やりきろうという気持ちをすごく感じますよね。もう背中が言ってます。

ケガも多かったですし、ファームにいて「今年で終わりだろうな」と思ったこともありました。ダメだったらクビだなという覚悟はできてたんで、それなら自分の信念でやろう、自分のいいと思う方向でやろうと。悔いを残したくなくて。それで野球人生が終わるんだったら、自分が決めたことで終わった方が後味いいじゃないですか。自分が信じた方向でクビになるなら、そうなろうっていう感じでやったのがたまたまハマったというか、いい方向にいってくれたのかもしれませんね。

─例えば子どもたちにはどんなアドバイスをしますか? 僕はYouTubeで研究してバッティングフォームを作ったっていう話とかびっくりしました。

イチローさんをよく見ましたね。ホント勉強になります、他チームの選手を見てると。例えば糸井嘉男選手(オリックス・バファローズ)、雰囲気が違うんですよ。立ち居振る舞いとか。格好いいですよ。今でもなんですけど、小っちゃい頃からいい選手のプレーをよく見てましたね。だから、好きなんだったらとことんやればいい。自分も本当に下手くそだったけれど、上手くなっていく楽しさがすごくあって。好きだったら伸びると思うし、辛いこともやれると思います。子どもの頃、毎日バット振っていても、正直、やりたくない日ももちろんありました。でも父親が絶対聞いてくるんですよ、「お前、バット振ったか?」って(笑)。好きなものに熱中するほど人生楽しいことないと思うんです。

─好きだから自分の中にある種みたいなものの芽が出て、真っすぐ伸びていったんですね。

野球の技術的な部分ではいろいろ寄り道しましたけど、気持ちだけはずっと真っすぐだったんじゃないかな。

─この先、梶谷さんはどんな夢を。

やっぱり優勝ですね。個人としてはトリプルスリーを叶えたい。まだ8人しかやっていない偉業なんで、そんな簡単なことじゃないんですけど、この舞台にいるんだったら叶えてみたい。まぁ、目標っていうよりは夢ですよね、ホントに。それが夢ですね。

取材を終えて

えのきどいちろう


梶谷隆幸は今、最も「トリプルスリー」に近い選手だ。打率3割、30盗塁、ホームラン30本。日本のプロ野球では2002年の松井稼頭央(西武ライオンズ・当時)から記録した者がいない。インタビューを終えて、絶対、梶谷選手は達成するだろうと確信を持った。もちろん技術や身体能力がバツグンだということもある。が、それ以上に野球に対する取り組み方が面白い。自分で考えて、自分で努力してる人間がきっと成功すると思うのだ。

                           
 
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