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SPORTSよこはま 2009 JUNE Vol.13

特集 みんなでラジオ体操

ラジオ体操といえば、子どものころ夏休みになると朝6時ごろ起こされて、眠い目をこすりながら、わけもわからず体を動かしていたなと思う方も多いのではないでしょうか? 今回はラジオ体操の歴史や動き、指導者の熱い思いなどを通して、日本人にとって最も親しみのある「運動」のすばらしさを改めて知ってみましょう。

協力●(株)かんぽ生命保険 日本放送協会(NHK) 文●中邨 啓二(横浜市スポーツ情報センター)

いつでも、どこでも、だれでも、いつからでも。

いつでも、どこでも、だれでも、いつからでも。

イラストラジオ体操坊や(ラタ坊)

放送時間
NHKラジオ第1 毎 日 6:30〜6:40
NHKラジオ第2 月〜土 8:40〜8:50、12:00〜12:10、15:00〜15:10
NHK教育テレビ 毎 日 6:30〜6:40

ラジオ体操の歴史

近所の公園や学校、職場で、誰でも一度はラジオ体操をした思い出はあることでしょう。長年多くの人々に愛されているラジオ体操、いったいどんな歴史をたどってきたのでしょうか?

ラジオ体操の歩み

1928(昭和3)年 「国民保健体操」制定、ラジオ放送開始 1930(昭和5)年 神田和泉町でラジオ体操の会(子供の早起き大会)を始める 1932(昭和7)年 全国ラジオ体操の会を始める 1945(昭和20)年 8月15日〜22日、終戦のためラジオ体操中止 1946(昭和21)年 旧ラジオ体操を中止、新ラジオ体操を制定、放送開始 1947(昭和22)年 新ラジオ体操の放送中止 1951(昭和26)年 現在のラジオ体操第1を制定、放送開始 1952(昭和27)年 現在のラジオ体操第2を制定、放送開始 1953(昭和28)年 夏期巡回ラジオ体操会開始 1962(昭和37)年 1000万人ラジオ体操祭開始(2000年に「1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭中央大会」と改称) 1999(平成11)年 「みんなの体操」制定 2009(平成21)年 1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭中央大会を横浜で開催予定

ラジオ体操の誕生

  ラジオ体操の誕生は、今から80年以上前の1928(昭和3)年までさかのぼります。当時の逓信省簡易保険局(現在の(株)かんぽ生命保険)が国民の体力向上・健康保持増進を目的とする「国民保健体操」を制定し、NHKのラジオで放送したことが始まりです。ラジオ体操は学校、職場、地域など様々な場で多くの人に親しまれるようになりました。

戦争を乗り越え、復活

ポスター
「ラジオ体操の会」
ポスター(昭和6年)

  第2次世界大戦終戦の翌年1946(昭和21)年には、それまでのラジオ体操は軍国主義的であるとして中止され、代わりにダンスの要素を取り入れた「舞踊体操」が考案されました。しかし戦後の混乱の中で思うように普及が進まず、1年で中止となってしまいました。
  このような苦難を乗り越え、1951(昭和26)年にラジオ体操は復活しました。新たな「ラジオ体操第1」が放送開始となり、翌年には“職場体操として”の「ラジオ体操第2」も作られました。これが現在のラジオ体操です。
  NHKをはじめ、指導者の方々の熱心な普及活動によって日本全国でラジオ体操会が盛んに行われるようになりました。


ポスター

さらに広がるラジオ体操の輪

  国際高齢者年の1999(平成11)年には、より多くの人々が体操をできるように配慮した「みんなの体操」が生まれました。この体操では、立って行う運動に加えて椅子に座って行う運動も考案されています。これにより年齢や障がいの有無にかかわらず、誰もが楽しく安心して体操ができるようになりました。
  また、海外でもブラジルやハワイでは日本からの移住者や日系人を中心に、またその他の国や地域でもNGOや青年海外協力隊の指導により、ラジオ体操の輪はどんどん広がっています。

横浜市内でラジオ体操を行っているところ(かんぽ生命保険HPより)

  毎朝6時30〜45分に行われています。どなたでも参加できます。

開催区 場所・グループ名 神奈川区 三ツ沢公園球技場前 三ツ沢モーニングコールクラブ 西区 野毛山公園 野毛山ラジオ体操会 保土ヶ谷区 横浜児童遊園地

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特集 みんなでラジオ体操

ラジオ体操といえば、子どものころ夏休みになると朝6時ごろ起こされて、眠い目をこすりながら、わけもわからず体を動かしていたなと思う方も多いのではないでしょうか? 今回はラジオ体操の歴史や動き、指導者の熱い思いなどを通して、日本人にとって最も親しみのある「運動」のすばらしさを改めて知ってみましょう。

協力●(株)かんぽ生命保険 日本放送協会(NHK) 文●中邨 啓二(横浜市スポーツ情報センター)

いつでも、どこでも、だれでも、いつからでも。

いつでも、どこでも、だれでも、いつからでも。

イラストラジオ体操坊や(ラタ坊)

放送時間
NHKラジオ第1 毎 日 6:30〜6:40
NHKラジオ第2 月〜土 8:40〜8:50、12:00〜12:10、15:00〜15:10
NHK教育テレビ 毎 日 6:30〜6:40

ラジオ体操の歴史

近所の公園や学校、職場で、誰でも一度はラジオ体操をした思い出はあることでしょう。長年多くの人々に愛されているラジオ体操、いったいどんな歴史をたどってきたのでしょうか?

ラジオ体操の歩み

1928(昭和3)年 「国民保健体操」制定、ラジオ放送開始 1930(昭和5)年 神田和泉町でラジオ体操の会(子供の早起き大会)を始める 1932(昭和7)年 全国ラジオ体操の会を始める 1945(昭和20)年 8月15日〜22日、終戦のためラジオ体操中止 1946(昭和21)年 旧ラジオ体操を中止、新ラジオ体操を制定、放送開始 1947(昭和22)年 新ラジオ体操の放送中止 1951(昭和26)年 現在のラジオ体操第1を制定、放送開始 1952(昭和27)年 現在のラジオ体操第2を制定、放送開始 1953(昭和28)年 夏期巡回ラジオ体操会開始 1962(昭和37)年 1000万人ラジオ体操祭開始(2000年に「1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭中央大会」と改称) 1999(平成11)年 「みんなの体操」制定 2009(平成21)年 1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭中央大会を横浜で開催予定

ラジオ体操の誕生

  ラジオ体操の誕生は、今から80年以上前の1928(昭和3)年までさかのぼります。当時の逓信省簡易保険局(現在の(株)かんぽ生命保険)が国民の体力向上・健康保持増進を目的とする「国民保健体操」を制定し、NHKのラジオで放送したことが始まりです。ラジオ体操は学校、職場、地域など様々な場で多くの人に親しまれるようになりました。

戦争を乗り越え、復活

ポスター
「ラジオ体操の会」
ポスター(昭和6年)

  第2次世界大戦終戦の翌年1946(昭和21)年には、それまでのラジオ体操は軍国主義的であるとして中止され、代わりにダンスの要素を取り入れた「舞踊体操」が考案されました。しかし戦後の混乱の中で思うように普及が進まず、1年で中止となってしまいました。
  このような苦難を乗り越え、1951(昭和26)年にラジオ体操は復活しました。新たな「ラジオ体操第1」が放送開始となり、翌年には“職場体操として”の「ラジオ体操第2」も作られました。これが現在のラジオ体操です。
  NHKをはじめ、指導者の方々の熱心な普及活動によって日本全国でラジオ体操会が盛んに行われるようになりました。


ポスター

さらに広がるラジオ体操の輪

  国際高齢者年の1999(平成11)年には、より多くの人々が体操をできるように配慮した「みんなの体操」が生まれました。この体操では、立って行う運動に加えて椅子に座って行う運動も考案されています。これにより年齢や障がいの有無にかかわらず、誰もが楽しく安心して体操ができるようになりました。
  また、海外でもブラジルやハワイでは日本からの移住者や日系人を中心に、またその他の国や地域でもNGOや青年海外協力隊の指導により、ラジオ体操の輪はどんどん広がっています。

横浜市内でラジオ体操を行っているところ(かんぽ生命保険HPより)

  毎朝6時30〜45分に行われています。どなたでも参加できます。

開催区 場所・グループ名 神奈川区 三ツ沢公園球技場前 三ツ沢モーニングコールクラブ 西区 野毛山公園 野毛山ラジオ体操会 保土ヶ谷区 横浜児童遊園地

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