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    イベントレポート

ヒデが帰ってきた日 〜 +1 FOOTBALL MATCH 〜

by :スポーツ情報センター記者

 2006年6月22日、ドイツ・ワールドカップの日本対ブラジル戦。試合終了の笛が鳴ると同時にピッチに倒れこんだ中田英寿氏の姿が今も目に焼きついている。数日を経た7月3日、中田氏は自身の公式HPで現役引退を表明した。中田氏の決断を多くの人が驚き、そして惜しんだ。しかし彼はピッチを離れ、そして旅立って行った。

 あれから約2年の月日が流れた。世界各地を回った中田氏が4月15日、ある大きな発表を行った。エキシビジョンマッチ「+1 FOOTBALL MATCH」を6月7日、日産スタジアム(横浜市)で開催することを決定したのだ。

 日本では今年、環境問題や貧困問題、保健・教育問題などの国際会議が多く開催される。中田氏は世界中を旅した経験を通じて、「TAKE ACTION!2008実行委員会」の代表として立ち上がった。「なにかできること、ひとつ」をテーマに、一人でも多くの人たちが地球で起こっているさまざまな困難に対して問題意識を持つきっかけになることを目指して、「+1」キャンペーンを始めた。その一環で行われる「+1 FOOTBALL MATCH」は、サッカー選手たちの「なにかできること」を、プレーを通じて人々に呼びかける。

 注目の対戦カードは世界共通言語のサッカーにふさわしい顔ぶれとなった。「JAPAN STARS」を率いるのは、1968年メキシコ五輪で日本に初の銅メダルをもたらした釜本邦茂氏。対する「WORLD STARS」の監督を務めるのは、来季イタリア・セリエAの名門・インテル監督に就任するジョゼ・モウリーニョ氏だ。そして934日ぶりに中田氏の試合を見ることができる貴重な機会とあってチケットは完売、サッカーファンの視線が一気に横浜へ注がれる一日になる予感が漂っていた。

   

名将対決!釜本監督(左)VSモウリーニョ監督(右)

 試合前日の6月6日、日産スタジアムに両チームの選手が集結し、練習が報道陣に公開された。チームの分け隔てない形で行われた合同練習。ボールを追いかける中田氏の姿は、「いるべき場所」に戻ってきたように思えてならなかった。JAPAN STARSは1996年アトランタ五輪で「マイアミの奇跡」を中田氏と共に経験した前園真聖氏や、2002年フランス・ワールドカップメンバーの名良橋晃氏や秋田豊氏など元日本代表が名を連ねる。澤登正朗氏や北澤豪氏のプレーもファンには懐かしく胸に響くだろう。一方WORLD STARSはACミラン所属のクラレンス・セードルフ選手やアヤックス所属のエドガー・ダービッツ選手のような現役選手から、Jリーグでもおなじみのパトリック・エムボマ氏、イルハン・マンスズ氏が参加する。国を越えてこれだけのメンバーが中田氏の呼びかけに応じ集まったことに、彼の底知れぬ力を改めて実感した。

   

横浜に豪華な顔ぶれが集結!中田氏もリラックスした様子

 練習後の共同記者会見では、それぞれの明日へ懸ける胸の内が語られた。

 WORLD STARS   ジョゼ・モウリーニョ監督の話
 サッカーにはすごくパワーがあると思います。社会的に奇跡を起こすことができる、そんな力を持っているスポーツです。この力を世界を救うために使っていくのは、大変いいことだと思います。私は少しの期間サッカーから離れていました。この7ヵ月間に3度アフリカを訪れていますが、大変美しい国であると同時にいろいろな問題を抱えています。中田さんから今回のプロジェクトを伺った時は、二つ返事で喜んで参加したいと思いました。

 JAPAN STARS  釜本邦茂監督の話
 日本チームはほとんど現役の選手がいないので、選手が90分間もつか非常に不安ですが、何とかやりくりしながらいいゲームにしたい。この機会自体が「何かをやろう」という第一歩なので、素晴らしいことだと思います。

 WORLD STARS  クラレンス・セードルフ選手の話
 私は中田さんとの友情もあって参加することを決めました。とても真面目なコミットメントを持った方だと思っています。サッカー選手だからこそできることはたくさんあると思います。少しの努力でも、みんなが集まれば大きな力となり、大きな貢献ができると考えています。

 JAPAN STARS  中田英寿氏の話
 4月15日にこの試合を開催することを発表して以来、多くのメディア、多くの方々が話をしてくれて、何かをやっていくことを自覚し始めたのが、既にひとつのメッセージになっています。明日の試合はサッカーの1試合として観る人に楽しんでもらいたい。そして何かをしてひとつ動き出そう、その気持ちが誰かに芽生えていくことが大事だと思います。今はユーロやワールドカップ予選のため、ほとんどの選手が代表に行っているか、またはバカンスに出掛けている時期ですが、これだけ多くの選手がやって来てくれたことは非常に嬉しく思います。

   

+1 FOOTBALL MATCH の開催を喜ぶセードルフ選手(左)と中田氏(右)

 そしてWORLD STARS の二人の選手もインタビューに答えてくれた。2002年日韓ワールドカップでその名を馳せたイルハン氏は、「4年ぶりの来日ですが、チャリティーという意義のあるものに参加させていただいて興奮しています。旧友にも会えて楽しかったです」と話した。中田氏との思い出を問われると、「私がボローニャに滞在していた時、同じホテルにヒデがいました。私はリハビリ中だったので悪い記憶ですが(笑)。今回私は彼をサポートするために来たことになります」と笑顔を浮かべた。甘いマスクで日本でもブームを起こしたイルハン氏、明日は女性ファンを再び魅了するかもしれない。またACミラン、ユヴェントスなど名門クラブでプレーしてきたダービッツ選手は、「明日は何かトリッキーなプレーを皆さんにお見せできたらと思います。私自身のTAKE ACTIONは教育面でいろいろと改善していきたいですね」と話し、明日へ向けて意欲を覗かせた。

   

イルハン氏(左)とダービッツ選手(右)のプレーに期待が高まる!

 6月7日。青く澄み渡った空の下、満員のスタンドが緑で埋め尽くされた。この緑は観客に配られたアクションシートだ。選手入場時に一斉にシートを掲げるアイデアにより、緑で覆われたスタジアムが実現した。シートには「なにかできること、ひとつ」を呼びかける中田氏からのメッセージが綴られている。ここで中田氏が伝えたいことがもうひとつ、7月7日の七夕が北海道洞爺湖町で開催される主要国首相会議の開幕日と重なることに合わせて、「+1 TANZAKU」(プラス・ワン・タンザク)を考案。祈りを捧げる短冊をイメージして、地球の未来のためにできることを“TANZAKU”に記入してもらうのだ。この日は選手入場を先導するフラッグを大きな“TANZAKU”に見立てて、試合前に観客がそれぞれの思いを書き込んだ。たくさんの人の言葉が刻まれた大きな“TANZAKU”に続いて選手たちがピッチに足を踏み入れると、スタジアムは揺れるような大歓声に包まれた。選手のユニフォームをデザインしたのは中田氏自身。赤は世界の子どもたちの命を守ること、白は貧困の撲滅、そして緑は環境保全の意味が込められているそうだ。

   

緑に包まれたスタジアム(左) 祈りをこめた大きな“TANZAKU”(右)

   

夢の共演が実現!(左) +1キャンペーン賛同者としてペ・ヨンジュン氏が登場!(右)

 14時、いよいよキックオフの笛が鳴った。前半30分、中田氏が放った右足の鋭いシュートにスタンドが沸く。それに応えて手をたたく中田氏。選手とファンが一体となった雰囲気の中、先制点が生まれたのは32分。JAPAN STARSの大黒将志選手が現役の貫禄を見せて豪快にヘディングシュートを決めて先制。続く39分には澤登氏のゴールでJAPAN STARSが2点リードで折り返した。WORLD STARSもセードルフ選手やダービッツ選手が華麗なプレーで観客を魅了したが、JAPAN STARSのGK下川健一氏の好セーブに阻まれ、得点には至らなかった。

   

観客の大声援に応える中田氏(左) さすが現役!先制点を決めたのは大黒選手(右)

 そして後半。ここからWORLD STARSの反撃が始まる。26分、イルハン氏の右足のシュートがJAPAN STARSのゴールネットを揺らす。その2分後、再びイルハン氏が2点目をたたき出した。ドローのまま試合が終盤に差し掛かかった頃、あるシーンでスタジアムにどよめきが起こった。スパイクをはいたJAPAN STARSの釜本監督の姿が、大型映像装置に映し出されたのだ。37分、背番号18を身につけた64歳の「釜本選手」がピッチに登場。さっそく中田氏がパスを送り、場内の盛り上がりは最高潮に。釜本監督は試合後このサプライズを振り返り、「18番を出して、蜂の一刺しでMVPを取ろうかなと思ったのですが、非常に残念でした(笑)。中田くんからは、最後の5分だけでも出て集大成にしてくださいと言われたので、喜んで出ました」と明かしている。

   

現役時代を彷彿させた中田氏のプレー(左) 日本人最高のストライカー・釜本復活!(右)

 夢のような90分は瞬く間に終了した。試合のMVPは観客のモバイル投票で決定した。選ばれたのは…前半はフル出場、そして後半も観客の大声援を受けて再出場し、日本のファンをとりこにしたダービッツ選手だ。前半PKを外したシーンもあったが、「接戦にしようと思ってわざと外しました」と笑わせた。最後には「ども、ども」と日本語で挨拶するファンサービスも。プレーもその人間性も観客を引き付けてやまなかったダービッツ選手は、正にこの日のMVPだった。

   

夢のような90分間に観客からの拍手は鳴り止まなかった(左) MVPはエドガー・ダービッツ!(右)

 選手が一人一人ピッチを去る中、場内は「ヒデコール」と手拍子でいっぱいに。63,143人(公式入場者数)の観客を前に少しはにかみながら現れた中田氏は、「これだけたくさんの人が集まってくれてお礼を言いたいと思います。残念ながら試合の方は思うように動けませんでしたが、もう1回機会があれば、もうちょっと練習を積んでやりたい」と宣言した。サッカーの1試合と呼ぶには、あまりにも大きな意味を持つ90分となったが、「これは一歩目にすぎない。それぞれが二歩目へ行くのかまた戻るのか、自分のために考えていただきたいと思います」と、中田氏は「宿題」を残した。

   

「いつまでもヒデを見ていたい」、そう思わせた一日

 この日の中田氏のプレーを見つめた二人の監督はこんな言葉を残した。JAPAN STARSの釜本監督は、「彼は何かを求めてこの2年間、いろんなところでいろんなことを知り、学んできたと思う。もう少しフィジカルやスタミナの面をトレーニングすれば、十分に世界のどこでも通用する選手だと思います」と、引退した立場の中田氏を惜しんだ。そして2回目の来日となったWORLD STARS のモウリーニョ監督は、「中田氏が自らの名前、そしてイメージを活用して、人類全員が関係している戦いで戦おうという意欲に共感したのが、監督としてのオファーを受けた理由です」と話し、誰もが満足した試合だったと思うと笑顔を見せた。

   

大きな意味を持つ試合を無事に終え、喜びの表情を浮かべた釜本監督(左)とモウリーニョ監督(右)

 日本という平和な国に生まれた私たち。試合前、スタジアムのオーロラビジョンに流れたビデオメッセージが胸に残る。「アフリカの子どもは水が茶色だと信じている。それは蛇口をひねると出てくる水が茶色だからなのだ」。私たちが当たり前に過ごす日常生活を、決して当たり前のことで終わらせてはならない。こうして何不自由なくサッカーの試合を見ることができる自分自身も、実は感謝の気持ちを持たなければならないのだ。
 「サッカーというものがどれだけの力があり、どれだけの人を魅了するのか、自分が旅を通じて思ってきたことを実感できた」と締めくくった中田氏。サッカーを通じてきっとこれからも、新しいことを発信していくのだろう。今日伝わったことは「なにかできること、ひとつ」。ビデオメッセージで提唱されたのは、本当にささやかなことだ。ごはんを残さず食べる、早寝早起きで電気代を節約、そして今年の夏は網戸で過ごす!…小さなことでも毎日続けることに意味がある、私たちもヒデと一緒にTAKE ACTION!未来を担う子どもたちのために、地球の叫びに耳を傾けよう。

   

「なにかできること、ひとつ」。ヒデからのメッセージは私たちの心にしっかりと刻まれた

※一部、敬称略