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いつ頃から左サイドのスペシャリストに?
1994年に所属していたベイサンドゥというチームでは左サイドが不足していたので、ある日監督から「やってみないか?」と言われたのが始まりです。
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サイドのプレーヤーとして大切だと考えているプレーは?
2つあります。1つはマークをしっかりとし、守備に貢献する事、もう1つは精度の高いクロスを供給し、味方のゴールをアシストする事です。 |
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その為にはドゥトラ選手のように驚異的なスタミナが必要ですが、どのような練習を?
昔は8kmの持久走をよく行いました。その後筋力トレーニングを加え、常に足りない部分を鍛えるようように努力を積み重ねた結果
、今の自分があるのだと思います。 |
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3年前、Jリーグに初めて海外移籍をしました。不安はありませんでしたか?
契約には至りませんでしたが、以前にフランスやポルトガルのチームからオファーを受けていましたので、いつかは海外で異文化のカッカーに触れてみたいと思っていました。マリノスとは当初半年のレンタル契約だったので、その位
ならばいいかなと合意したのですが、まさかこんなに長い間日本にいる事になるとは思いもよりませんでしたね。 |
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日本の生活に支障は?
私を支えてくれる家族が日本での生活を楽しんでいる限り何の問題もありません。休みの日には公園で2人の息子と遊んだりしています。長男(4歳)はサッカーを観るのが好きで、マリノスのレギュラーの名前を全員覚えているんですよ。 |
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チームメイトやスタッフとも良い関係を築いているようですが?
「常に相手を尊重する」という日本人の考え方と、明るく誰とでも仲良くなれるブラジル人の気質が合わされば、とても良い雰囲気を作り出せますね。 |
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サポーターの間では「動虎」と呼ばれているようですが?
合宿の時、上野選手が何気に「こう書くんだよ」と教えてくれだんですよ。とても興味深かったので、自分用に「動虎」とプリントしたTシャツを作ってみました。 |
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ドゥトラ選手のサッカー選手としての「究極」の目標は?
昔は有名クラブでプレイしたいと考えていた時期もありましたが、今はそういったものではなく、ベストを尽くしたシーズンが終われば次のシーズンもベストを尽くせるようにと、1年1年大切に積み重ねていく事が自分にとっての「究極」の目標です。 |
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ドゥトラ選手にとって『サッカー』とは?
『情熱』です。誰にとっても「もっとサッカーがうまくなりたい」と願い続ければこそ、サッカーはいつまでも生活の一部であり得るのです。ですが今では「金持ちになりたい」「有名になりたい」という欲望がサッカーに絡みすぎていると思います。これからプロを目指すプレイヤーには「サッカーをもっと楽しみたい」というシンプルな『情熱』を大切に持ち続けてもらえれば、と願っています。 |