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SPORTSよこはまVol.24:特集(3/4)

2011トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会は延期日程が決定!
9月18日(日)エイジの部
9月19日(月・祝)エリートの部
トライアスロンナショナル
チームメンバーに
インタビュー!

トライアスロンナショナル
チームメンバー2011トライアスロン世界選手権シリーズで、日本で唯一開催される横浜大会。この大会に日本代表として世界の強豪選手を迎え撃つナショナルチーム4選手に大会への意気込みなどを聞いてきました。


細田 雄一(ほそだゆういち)選手●1984/12/6生まれ

細田 雄一(ほそだゆういち) 選手初めて大会に出たのは小学5年生のとき。その大会がすごくきつくて、2回しか出ませんでした。中学2年生のとき、トライアスロンで海外留学していた姉のところに、親と行き、現地のトライアスロンクラブに顔を出していましたが、大会はいやで拒んでいました。ところが、仲良くなった友達と通うようになってから、時間を持て余していた自分にとってきついことをやること、人との交流も楽しくなってきて、またトライアスロンを始めました。日本に帰ってきてから周囲の人たちの後押しもあって真剣に取り組むようになりました。
細田 雄一(ほそだゆういち) 選手レースでは一つでも上の順位を、1番を目指して、最高のレースをしたいと思います。
横浜大会はロケーションも素晴らしいのですが、やっぱり選手を見てもらいたいですね。
大会では世界のトップアスリートがすごい迫力のレースをするので是非観戦していただいて、次の日のエイジの部に参加してもらいたいですね。やっぱり地元の人が参加すると大会が盛り上がると思うんですよ。2日連続で大会を盛り上げて、海外の人に「横浜はすごいよ!」というのをアピールしてもらいたいですね。


グリーンタワー・稲毛インター 所属
2010 石垣島ITUワールドカップ 2位
2010 第16回日本選手権 東京港大会 3位
2010 アジア競技大会(広州)トライアスロン男子 金メダル

井出 樹里(いでじゅり)選手●1983/6/9生まれ

井出 樹里(いでじゅり) 選手もともと小さい頃から高校3年生まで競泳を、大学から陸上競技をやっていました。自分の中の唯一の夢が「オリンピックで1番になること」だったのですが、水泳でも陸上でも大した結果が残せませんでした。大学3年のときに、監督から「俺と一緒にオリンピックでメダルを目指さないか」と声をかけてもらったんですよ。それで、自分が8歳の頃から思い続けていた夢がかなうかもしれないチャンスが今ここにあると思ったら嬉しくて、トライアスロンに転向しました。
井出 樹里(いでじゅり) 選手世界の強豪選手が集まるこの大会で日本人選手が活躍することで、見ていてくださる方もトライアスロンの面白さを感じてもらえるのではないかと思っています。2009年の横浜大会のときもこの大会は勝たなければいけないレースだと思って挑みました。結果は3位だったのですが、今年こそはこの勝たなければいけないレースで優勝して、トライアスロンの面白さを皆さんに感じてもらいたいなと思っています。


トーシンパートナーズ・チームケンズ 所属
2008 ITU世界選手権シリーズ 横浜大会 3位
2009 第15回日本選手権 東京港大会 優勝
2010 ITU世界選手権シリーズ グランドファイナル ブタペスト大会 10位

足立 真梨子(あだちまりこ)選手●1983/7/21生まれ

足立 真梨子(あだちまりこ)選手小さい頃から競泳をやっていました。高校3年生のときから何度か監督に声をかけられていたのですが、監督に大会を見に連れて行っていただいたとき、スイムからバイクに移るトランジッションエリアで選手がウェットスーツを脱ぐ瞬間を見たときに思わず涙が出てきたんです。選手の迫力と言うか、強い気持ちが伝わってきたことがきっかけでトライアスロンを始めました。2003年に初めてトライアスロンのレースに参加したのは石垣島のエイジグループでした。競泳のときは応援してくれる人の声は聞こえてくるんですけれども、トライアスロンは応援してくれる人の顔も見えるんだなというのを実感して、ゴール前の沿道に飯島監督の顔が見えて思わず手を振ったのを覚えています。足立 真梨子(あだちまりこ)選手マラソンの選手が「沿道の応援が力になりました」という言葉を身をもって実感し、優勝することができました。初めてのトライアスロンは苦しかったというよりは楽しかったレースでした。2010年世界選手権シリーズソウル大会に出場したときに、横浜大会の運営をしてくださる方が応援に来てくださって「来年は横浜で必ずやりますから」と力強く言ってくださいました。この大会はその方たちの力強い思いがなかったら開催されなかったと思うので、その思いを忘れずに走って日本人選手が活躍するところを見てもらいたいです。


トーシンパートナーズ・チームケンズ 所属
2010 ITU世界選手権シリーズ マドリード大会 4位
2010 第16回日本選手権 東京港大会 3位
2010 アジア競技大会(広州)トライアスロン女子 金メダル

土橋 茜子(つちはしあかね)選手●1986/5/18生まれ

土橋 茜子(つちはしあかね)選手私も競泳をやっていました。走るのも好きだったんですよ。小学6年生のときにちびっ子マラソンに出場したときにたまたま優勝し、そのとき監督にスカウトしていただきました。そのときはトライアスロンもやってみたいなとは思っていたのですが、まだ競泳で自分の力が出せていないと思っていたのでお断りしました。高校のときにも監督からお誘いいただいたのですが、そのときもまだ競泳で完全燃焼していないと思って、大学を卒業してからトライアスロンをやると決めました。土橋 茜子(つちはしあかね)選手井出選手や足立選手が出場している日本選手権のレースを見に行ったとき、私も監督の元でやりたいと思って行きました。2009年の横浜大会は出場することが目的だったのですが、今回は余裕を持って準備できるので、5月14日に向けてコンディションをピークに持っていきたいと思います。日本で開催されるということで日本人選手が表彰台に上がれるようにがんばりたいと思います。日本人が一番目立つレースをして大会が盛り上がればいいなと思っています。


トーシンパートナーズ チームケンズ 所属
2010 ITU世界選手権氏シリーズロンドン大会 10位
2010 第16回日本選手権東京港大会 6位
2010 アジア競技大会(広州)トライアスロン女子 銀メダル

飯島 健二郎 トライアスロンナショナルチーム監督

飯島 健二郎トライアスロンナショナルチーム監督日本が世界で勝つには、素質が高くて、なおかつ伸びしろがある、泳げて走れる選手を集めなければならない、ということでスカウトしました。フィジカル的な素質だけでなく、話しているときに相手の目を見て真剣に聞けるような選手を集めました。それが今の日本選手達です。この横浜という地は外国のどの選手コーチに聞いても、とてもいい印象を持っています。古い建物と新しい建物が上手く融合していていろんなものの象徴だと思うんですよ。2009年に開催されて2010年はなく、2011年にまた開催されるというのは珍しいんですよ。市長が覚悟をもってこの大会を開催するというのは、市長をそういう気持ちにさせた関係者の思いもあったんだろうと思います。その気持ちに僕らができることというのは結果を残すことだと思うんですよね。それぞれの立場で全力を尽くすことは日本人の将来や未来につながることだと思います。自分達の役割・責務を感じながら任務を遂行していきたいと思っています。是非、応援お願いします。

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2011トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会は延期日程が決定!
9月18日(日)エイジの部
9月19日(月・祝)エリートの部
トライアスロンナショナル
チームメンバーに
インタビュー!

トライアスロンナショナル
チームメンバー2011トライアスロン世界選手権シリーズで、日本で唯一開催される横浜大会。この大会に日本代表として世界の強豪選手を迎え撃つナショナルチーム4選手に大会への意気込みなどを聞いてきました。


細田 雄一(ほそだゆういち)選手●1984/12/6生まれ

細田 雄一(ほそだゆういち) 選手初めて大会に出たのは小学5年生のとき。その大会がすごくきつくて、2回しか出ませんでした。中学2年生のとき、トライアスロンで海外留学していた姉のところに、親と行き、現地のトライアスロンクラブに顔を出していましたが、大会はいやで拒んでいました。ところが、仲良くなった友達と通うようになってから、時間を持て余していた自分にとってきついことをやること、人との交流も楽しくなってきて、またトライアスロンを始めました。日本に帰ってきてから周囲の人たちの後押しもあって真剣に取り組むようになりました。
細田 雄一(ほそだゆういち) 選手レースでは一つでも上の順位を、1番を目指して、最高のレースをしたいと思います。
横浜大会はロケーションも素晴らしいのですが、やっぱり選手を見てもらいたいですね。
大会では世界のトップアスリートがすごい迫力のレースをするので是非観戦していただいて、次の日のエイジの部に参加してもらいたいですね。やっぱり地元の人が参加すると大会が盛り上がると思うんですよ。2日連続で大会を盛り上げて、海外の人に「横浜はすごいよ!」というのをアピールしてもらいたいですね。


グリーンタワー・稲毛インター 所属
2010 石垣島ITUワールドカップ 2位
2010 第16回日本選手権 東京港大会 3位
2010 アジア競技大会(広州)トライアスロン男子 金メダル

井出 樹里(いでじゅり)選手●1983/6/9生まれ

井出 樹里(いでじゅり) 選手もともと小さい頃から高校3年生まで競泳を、大学から陸上競技をやっていました。自分の中の唯一の夢が「オリンピックで1番になること」だったのですが、水泳でも陸上でも大した結果が残せませんでした。大学3年のときに、監督から「俺と一緒にオリンピックでメダルを目指さないか」と声をかけてもらったんですよ。それで、自分が8歳の頃から思い続けていた夢がかなうかもしれないチャンスが今ここにあると思ったら嬉しくて、トライアスロンに転向しました。
井出 樹里(いでじゅり) 選手世界の強豪選手が集まるこの大会で日本人選手が活躍することで、見ていてくださる方もトライアスロンの面白さを感じてもらえるのではないかと思っています。2009年の横浜大会のときもこの大会は勝たなければいけないレースだと思って挑みました。結果は3位だったのですが、今年こそはこの勝たなければいけないレースで優勝して、トライアスロンの面白さを皆さんに感じてもらいたいなと思っています。


トーシンパートナーズ・チームケンズ 所属
2008 ITU世界選手権シリーズ 横浜大会 3位
2009 第15回日本選手権 東京港大会 優勝
2010 ITU世界選手権シリーズ グランドファイナル ブタペスト大会 10位

足立 真梨子(あだちまりこ)選手●1983/7/21生まれ

足立 真梨子(あだちまりこ)選手小さい頃から競泳をやっていました。高校3年生のときから何度か監督に声をかけられていたのですが、監督に大会を見に連れて行っていただいたとき、スイムからバイクに移るトランジッションエリアで選手がウェットスーツを脱ぐ瞬間を見たときに思わず涙が出てきたんです。選手の迫力と言うか、強い気持ちが伝わってきたことがきっかけでトライアスロンを始めました。2003年に初めてトライアスロンのレースに参加したのは石垣島のエイジグループでした。競泳のときは応援してくれる人の声は聞こえてくるんですけれども、トライアスロンは応援してくれる人の顔も見えるんだなというのを実感して、ゴール前の沿道に飯島監督の顔が見えて思わず手を振ったのを覚えています。足立 真梨子(あだちまりこ)選手マラソンの選手が「沿道の応援が力になりました」という言葉を身をもって実感し、優勝することができました。初めてのトライアスロンは苦しかったというよりは楽しかったレースでした。2010年世界選手権シリーズソウル大会に出場したときに、横浜大会の運営をしてくださる方が応援に来てくださって「来年は横浜で必ずやりますから」と力強く言ってくださいました。この大会はその方たちの力強い思いがなかったら開催されなかったと思うので、その思いを忘れずに走って日本人選手が活躍するところを見てもらいたいです。


トーシンパートナーズ・チームケンズ 所属
2010 ITU世界選手権シリーズ マドリード大会 4位
2010 第16回日本選手権 東京港大会 3位
2010 アジア競技大会(広州)トライアスロン女子 金メダル

土橋 茜子(つちはしあかね)選手●1986/5/18生まれ

土橋 茜子(つちはしあかね)選手私も競泳をやっていました。走るのも好きだったんですよ。小学6年生のときにちびっ子マラソンに出場したときにたまたま優勝し、そのとき監督にスカウトしていただきました。そのときはトライアスロンもやってみたいなとは思っていたのですが、まだ競泳で自分の力が出せていないと思っていたのでお断りしました。高校のときにも監督からお誘いいただいたのですが、そのときもまだ競泳で完全燃焼していないと思って、大学を卒業してからトライアスロンをやると決めました。土橋 茜子(つちはしあかね)選手井出選手や足立選手が出場している日本選手権のレースを見に行ったとき、私も監督の元でやりたいと思って行きました。2009年の横浜大会は出場することが目的だったのですが、今回は余裕を持って準備できるので、5月14日に向けてコンディションをピークに持っていきたいと思います。日本で開催されるということで日本人選手が表彰台に上がれるようにがんばりたいと思います。日本人が一番目立つレースをして大会が盛り上がればいいなと思っています。


トーシンパートナーズ チームケンズ 所属
2010 ITU世界選手権氏シリーズロンドン大会 10位
2010 第16回日本選手権東京港大会 6位
2010 アジア競技大会(広州)トライアスロン女子 銀メダル

飯島 健二郎 トライアスロンナショナルチーム監督

飯島 健二郎トライアスロンナショナルチーム監督日本が世界で勝つには、素質が高くて、なおかつ伸びしろがある、泳げて走れる選手を集めなければならない、ということでスカウトしました。フィジカル的な素質だけでなく、話しているときに相手の目を見て真剣に聞けるような選手を集めました。それが今の日本選手達です。この横浜という地は外国のどの選手コーチに聞いても、とてもいい印象を持っています。古い建物と新しい建物が上手く融合していていろんなものの象徴だと思うんですよ。2009年に開催されて2010年はなく、2011年にまた開催されるというのは珍しいんですよ。市長が覚悟をもってこの大会を開催するというのは、市長をそういう気持ちにさせた関係者の思いもあったんだろうと思います。その気持ちに僕らができることというのは結果を残すことだと思うんですよね。それぞれの立場で全力を尽くすことは日本人の将来や未来につながることだと思います。自分達の役割・責務を感じながら任務を遂行していきたいと思っています。是非、応援お願いします。

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