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    イベントレポート

【北京五輪を振り返って(3)】レスリングで子どもたちに夢を〜北京五輪レスリング代表湯元健一選手の市民祝賀会〜

by :スポーツ情報センター記者

 レスリングは柔道と並び、日本のお家芸と言える競技。8月の北京五輪でレスリング日本代表は、男女合計6個のメダルを獲得した。

 その中で、男子フリースタイル60kg級で銅メダルを獲得したレスリング界期待の新星・湯元健一選手が9月22日、横浜市役所で行われた市民祝賀会に参加した。和歌山県出身の湯元選手は日本体育大学の卒業生で、現在は同大健志台キャンパス(横浜市青葉区)で助手を務めながら、レスリング部のコーチ兼選手として活躍している。

 

 

初出場の北京五輪で銅メダル獲得!市民から祝福を受ける湯元選手

 

 

 青葉区に在住6年目の湯元選手は、銅メダルを胸に晴れやかな表情で市民の前に立った。湯元選手と共に、日本体育大学レスリング部の安達巧監督も祝賀会に参加、中田宏横浜市長と対面した。中田市長は、「レスリングはどちらかと言えば女子に注目が集まっていましたが、湯元選手は五輪初出場で銅メダル、男子レスリングの発展にこの上ないはずみとなりました。レスリングの名門、日本体育大学の選手が活躍して日本レスリング界を引っ張ってほしい」と力を込めた。

 中田市長の賛辞を受けて湯元選手は、「大学3年生で初めて全日本チャンピオンになって、五輪出場まで過酷な道を戦ってきました」と振り返り、「憧れの五輪ですごく緊張しながら戦い、なんとか銅メダルを獲ることができました。それは皆さんの応援の力だと思います」と笑顔で話すと、祝福に訪れた約200人の市民から大きな拍手が起こった。

 

 

困難を乗り越えて夢を叶えた湯元選手に拍手が送られた

 

 

 湯元選手の言葉どおり、メダル獲得までの道のりは困難を極めた。昨年12月の全日本選手権決勝で湯元選手はライバルの高塚紀行選手(日大コーチ)に敗れ、60kg級代表第一候補の座を失う。しかし今年3月のアジア選手権、4月の五輪最終予選第1戦で高塚選手が敗れたため、5月の最終予選第2戦の出場権が湯元選手に巡ってくる。「北京五輪は出れないと思った。首の皮一枚だった」という状況の中、ラストチャンスで見事に優勝を果たす。この勝利は、まだ日本が獲得していなかった北京五輪でのフリースタイル60kg級出場権をもたらす大きな1勝となった。

 そして60kg級代表のたった1枚の切符を賭けた運命の戦いは、6月の全日本選手権。高塚選手とのプレーオフを制し、湯元選手は晴れて代表に選ばれた。「あきらめずにやってきた」思いが実った瞬間だった。

 

 

名門・日体大レスリング部を支える湯元選手(左)と安達監督(右)

 

 

 祝賀会の後、湯元選手は横浜市長と財団法人横浜市体育協会会長連名の表彰を受け、安達監督と共に、中田市長、宮武俊弘市体育協会副会長との懇談に臨んだ。「レスリングは五輪の時期にならないと、なかなか見る機会がないのが残念」と中田市長は話し、「今、柔道場や剣道場も減ってきています。これからは子どもたちの大会によって、レスリング人口が増えるのでは」と呼びかけた。安達監督は、「年に一度、東京で子どもの全国大会が行われるのですが、2,000人以上の子どもたちが集まります。レスリング場がもっと多くあれば、と思います」とレスリングの普及を願った。

 

 

  

表彰を受ける湯元選手(左) 銅メダルを手に、「メダルの重さがずしっときますね」と中田市長(右)

 

 

 たくさんの祝福に包まれた湯元選手の一日は終わった。しかし北京五輪の銅メダルは通過点に過ぎない。レスリングをやっている子どもたちに、夢や勇気を与えること。そして同じくレスリングの選手で共に切磋琢磨してきた双子の弟進一さん(自衛隊)と、兄弟で金メダルを獲ること。二つの大きな夢を胸に抱き、湯元選手の眼差しは4年後のロンドン五輪に向かっている。

 

 

  

次は兄弟で金メダル!ロンドン五輪に向かって頑張れ、湯元選手!

 

 

 
 
                           
 
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