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元オリンピック陸上選手苅部俊二のダッシュ

vol.34「第89回東京箱根間往復大学駅伝競走」

 正月恒例の東京箱根間往復大学駅伝競走が2日、3日開催されました。今年は第89回大会です。2年ぶりにチームとして参加した私の監督する法政大学は第9位に入り、シード権を獲得することができました。応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。

 雑誌やメディアによる法政大学の戦前の予想は、総じて最下位(20位)でしたので、私が言うのもなんですが、大健闘だったのではないでしょうか。大方の予想を裏切った形となりましたが、予選会も実質最下位で通過しましたから当然です。ただ、11月にも書きましたが、本戦と予選会の戦い方は全く違うのです。今回の法政大学は、1区にエースを持っていき、前でレースを展開していく作戦をとりました。最後はハラハラしましたが2日間、うまく流れたと思います。選手たちは本当によく頑張ってくれました。目標はシード権獲得と言ってはいましたが、正直なところシード権獲得は難しいと思っていましたので、我々スタッフの予想以上の活躍をしてくれました。


大手町ゴール後の報告

 さて、我々のシード権獲得の貢献者のひとりに5区山登り区間2位の関口頌悟がいます。テレビでご覧になった方も多いと思いますが、当日はかなり風の強いコンディションでした。私も芦ノ湖畔のゴールにいましたが時折吹く強風によろけること数回。風速は18mを越えていたそうです。選手は「天下の険」とわれる険しい坂を上りながらも、さらにこの強風を正面から受けるのです。そんな中、関口は山の神、柏原竜二選手(当時東洋大学 現富士通)に並ぶ8人抜きを演じてくれました。関口の走りは、特徴のある走りで、「ペタペタ走り」と自ら表現しているように脚を引きずっているように走ります。その走りは審判団に、法政大学リタイア注意情報が流れるほどだったようです。力強く、空中に浮かない彼の独特な走りは、風の強い上りに効果を発揮したのでしょう。法政の山のペタペタ神を今後とも注目して下さい。

 この箱根駅伝山の5区(23.4キロ)、残念ながら城西大学と中央大学の2校がリタイアしてしまいました。城西大学は18.3キロ地点、中央大学は21.7キロ地点で中央大学はゴールまで残りわずか1.7キロの地点です。「1.7キロくらい歩いても」と思われるかもしれませんが、そのまま進ませることは危険な状態ですし、進むことは出来ない状態でした。第84回大会(2008年)にも順天堂大学がゴールまで残り500mほどのところでリタイアしています。襷をつなぐことができず、無念だったと思います。ちなみに箱根駅伝の最短リタイア記録は本学が保持しています(2区 スタートからわずか28.6キロ地点)。

 このリタイア、普段から鍛えているはずのエリートランナーにどうして起こってしまったのでしょう。今回の原因は脱水症状と低体温と言われています。

 脱水症状は、主に発汗によって身体の水分が奪われることで生じます。箱根駅伝は給水をしていますので電解質の不足も原因かもしれません。ひどい脱水となると、強い疲労感や痙攣、嘔吐感などが症状として現れます。脱水症状は夏だけのものではないのです。

 低体温は、運動や体を震わすシバリングでも体温を維持できなくなる状態です。つまり、外温が低いため外から奪われる熱量が運動やシバリングによる体温維持のために発生させる熱量を上回ってしまうのです。今回の箱根では、気温の低さもありましたが、強風の影響で選手たちの体温は急激に奪われてしまったはずです。特に最高地点を過ぎてゴールまで残り5キロ弱、芦ノ湖へ向かう下りでの向い風は相当なものでした。上りで体力を消費した中でのこの厳しい状況、想像を絶します。身体の表面だけでなく、深部体温までが下がってしまうのです。低体温症がひどくなると身体機能は低下します。そして意識はもうろうとし、脈拍が遅くなり、筋は硬直、歩行すら困難になってしまいます。深部体温が30度以下となると生命にかかわる状況となってしまうのです。

 さらに、これは付加的なものかもしれませんが、考えられるのは低血糖です。低血糖はいわゆるエネルギー切れ状態で、ハンガーノックとも言います。レース中に血中や筋、肝臓に蓄えられていた糖が消耗し、血糖値が極端に下がってしまうのです。このとき血管は収縮して血行障害がおこります。その結果、痛みを感じたり、痙攣したりして、思考は鈍り、身体がいうことをきかなってしまいます。選手は、十分に栄養補給はしていると思いますが20キロも山を登れば相当なエネルギーを消費しているはずです。

 今回のリタイアは様々な厳しい要因が重なり起きてしまったのだと思います。私は違う大学ですが、いつ自分の大学がそうなってしまうのかと考えると決して人ごととは思えません。各大学、そうならないように配慮はしているはずです。今回リタイアした大学も想定はしていたと思います。しかし、実際に起きてしまったのです。細心の注意をしなければなりません。

 ロードレースシーズンでマラソンに挑戦する方も多いと思います。適切な量と質の水分の補給、栄養補給は大切です。しかし、水分、栄養ともにとり過ぎもいけません。例えば糖質を急にたくさんとるとインシュリンが大量に分泌され結果低血糖になってしまうこともあります。低血糖ダイエットなども聞きますが、くれぐれも過剰になり過ぎないようにしてください。


箱根ゴール地点パブリックビューイング

 箱根駅伝は様々なドラマがあります。だから多くの人を引き付けるのだと思います。チームのリタイアがクローズアップされてしまうこともしばしばあります。どうしても注目してしまうとは思います。スタッフに責任があるのは当然ですし感じ方は人それぞれと思います。多くは書きませんが、とにかく2大学には頑張ってもらいたいですね。

 今回は明るいシード権獲得の報告だったのですが、重たい話になってしまいましたね。しかし、皆さんにはこの冬季シーズンのレース、練習ではこういうこともあるのだということを認識して頂き、正しく、健康的に楽しく走ってください。

苅部俊二 プロフィール

1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。

元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。

現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。

2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。

また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。

1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。

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