本文へジャンプ

注目ワード

トップ > 読む > キャプテンわんと学ぶヨコハマスポーツ史

メニューへジャンプ 本文へジャンプ
本文の開始
横浜スポーツ史
[2009年6月26日Up]
Vol.13 ハマの海に眠る、ヨットマンの情熱 ~ ヨットの歴史

梅雨が明ければ、季節は夏を迎えるね!
やっぱり夏は、海で泳ぎたくなっちゃうなあ。
でも泳ぐだけじゃない、今回は海のスポーツのひとつ、ヨットに注目したよ。
横浜が日本のヨット発祥の地だということを、ご存知かな?
磯子区の社団法人横浜ヨット協会は、日本最古のヨット・クラブなんだ!
ヨットに乗るキャプテンわん


横浜ヨット協会・外観  横浜ヨット協会・外観

JR根岸駅から徒歩15分、根岸湾につながる川沿いに素敵なヨットハーバーを発見!今年で創設123年の歴史を誇る横浜ヨット協会だよ

実は、横浜で当初人気があった水上スポーツは、ヨットではなくボートレースだったんだ。
文久3年(1863)10月5、6日に開催された、グランド・ヨコハマ・インターナショナル・レガッタは、横浜ではじめて開かれたボートレースだよ。
明治19年(1886)には、横浜在留の外国人有志によって、横浜アマチュア・ローイング・クラブ(YARC)が設立された。
このYARCこそ、現在の横浜ヨット協会の前身なんだ!
それでは、ヨットはいつ人気が出てきたのだろう?
きっかけは明治19年、YARCの春季レガッタで、ヨットレースが開催されたことだった。
それ以降、ヨットマンのアラン・オーストンたちが、定期的にヨットレースを開催するようになったよ。
横浜の居留外国人たちの間では急速にヨット熱が高まり、10月にはYARCから独立して、横浜セーリング・クラブ(YSC)が組織されたんだ。

YSCの初代理事、ジョージ・ウィットフィールドとアラン・オーストン  横浜港を走るヨット

横浜ヨット協会のクラブハウスには、YSCの初代理事、ジョージ・ウィットフィールド(左)とアラン・オーストン(右)の写真が飾られている【左】 横浜港を走るヨット(「横浜ヨット協会100年史」より)【右】



YSCはフランス波止場と呼ばれた突堤(現在のホテル・ニューグランドあたり)にあったんだ。
夏のシーズンには毎週のようにヨットレースが行われたよ。
明治29年(1896)、YSC横浜ヨットクラブ(YYC)と改称された。
横浜で活躍した多くのヨットマンの中で、第一人者といえばT.M.ラフィンだよ。
ラフィンは大型帆船の船員として日本へ渡航中、暴風雨に遭って難破してしまい、横浜にたどり着いたんだ。
そして事業を営みながら、ヨットの設計に力を注いだ。
レースで大活躍したラフィンの「マリー号」は、人々に「横浜の誇り」と称えられたよ。

横浜を代表するヨットマン、T.M.ラフィン  ラフィンの「マリー号」

横浜を代表するヨットマンだったT.M.ラフィン【左】 ラフィンの「マリー号」。ラフィン自ら改造を重ねた結果、非常に速く走るヨットとして知られた【右】(「横浜ヨット協会100年史」より)



時は昭和を迎えたよ。
そんな中、昭和15年(1940)、オリンピックの開催地に東京が決定した!
横浜市はヨット競技の誘致に成功したけれど、日中戦争の影響を受けて中止になってしまった。
それでもオリンピックのコースに決まっていた、中区新山下町のヨットハーバー建設は遂行されたんだ。
その年の6月には日本ではじめてのヨット専門港として、横浜ヨットハーバーが完成したよ!
同時にYYCも、横浜ヨットハーバーの近くに移転することになったんだ。

横浜ヨットハーバー設計図  ヨット港

横浜ヨットハーバー設計図「東京日日新聞」昭和12年1月19日【左】 ヨット港「アサヒグラフ」昭和11年8月5日【右】(「横浜スポーツ百年の歩み」より)



でも、ヨットはまだまだ外国人主体のスポーツだった。
ヨットが日本人に広まるようになったのは、皮肉にも戦争の影響が大きかったんだ。
昭和16年(1941)に太平洋戦争が起こると、多くの居留外国人は帰国を強いられたり、強制収容所に収監されてしまった。
YYCのクラブハウスも外国人の収容所になったが、戦後まもなくクラブは復興に向けて動き出す。
T.M.ラフィンの長男で、横浜生まれのJ.ラフィンたちの尽力によって、ヨットレースは再開されたよ。
昭和20年代半ばには、YYCへ日本人の入会が認められるようになった。
既に帰国した外国人も多かったため、徐々に日本人のヨットマンが増えていくよ!

戦後活躍したヨットマン、J.ラフィンとC.Bクリスチャンソン  戦後のレースの記録

戦後の横浜で活躍したヨットマン、J.ラフィン(左)とC.Bクリスチャンソン(右)(「横浜ヨット協会100年史」より)【左】 クラブハウスに今も残る、戦後のレースの記録【右】



そして、クラブに転機が訪れる。
昭和46年(1971)、横浜ヨットハーバーが埋め立てられることになり、YYCは移転を余儀なくされた。
昭和48年(1973)にYYC社団法人横浜ヨット協会と改称。
現在の磯子区のクラブハウスがオープンしたのは、昭和54年(1979)8月25日。
激動の時代をくぐり抜けて、横浜ヨット協会として新たなスタートを切ったよ。

現在のヨットハーバー  現在のヨットハーバー

現在のヨットハーバー。600坪のヤード(ヨット置き場)に、30艇のヨットが並んでいるよ!

横浜ヨット協会のメンバー  横浜ヨット協会のメンバー

横浜ヨット協会のメンバー。海の男はかっこいいね!

斉藤実さんの世界一周航海時の海図  斉藤実さんのヨットのマストの断面

クラブの名誉会員の斉藤実さんは、世界最高齢71歳で世界一周航海を果たしたヨットマンだ。クラブハウスにはその時の海図【左】や、折れたマストの断面【右】が展示されているよ

外国のヨットクラブのクラブ旗  クラブ艇の優勝カップ

ヨットクラブではクラブ旗を交換する習慣があるんだ。クラブハウスには、外国のクラブ旗がたくさん並んでいたよ!【左】 クラブ艇の数々の優勝カップ【右】



今、横浜ヨット協会では、社会活動を通じてヨットの普及に力を注いでいるよ。
一体、どんな活動をしているのかな?
それはね…ボーイスカウトやガールスカウトの青少年や一般社会人のために、ヨット教室を開催して、ヨットを体験できる機会を設けているんだ。
そして登校拒否児にヨットを体験してもらって、海と出会い、視野を広げてもらうことに力を注いでいる。


ボクは今回の旅で、今までよりヨットをずっと身近に感じたよ。
皆さんも今年の夏は、歴史を感じながら、クルージング・デビューしてみませんか!

横浜の海を走るヨット

横浜の海を舞台に、ヨットの歴史はこれからも続いていくよ!(Felix提供)


取材協力:横浜ヨット協会 TEL045(751)1304
☆見学ご希望の方はお問い合わせください☆

※写真の転載は固くお断りします※


かもめの「ちょっと教えて!横浜今昔物語」

 

私たちが住んでいる横浜は海が近くにあるのに、船に乗る機会って意外と少ないですよね。キャプテンわんの報告でヨットに乗ってみたくなった方へ、耳よりな情報です!横浜ヨット協会では年に2回、社会人ヨット教室を開催しています。「ヨットってどんなもの?と思っている方へ。楽しむための導入口です」と話すのは、阿久津壽理事長。横浜ヨット協会のメンバーがボランティアで指導してくれますよ。 詳しくは横浜ヨット協会HPhttp://yyc.or.jp をご覧ください!
カモメ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

 

     

 

     

 

     

 

     

 

     

 

     

 

   

 

 




トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.hamaspo.com/historyblog/tb/bmid_2009062609523800016




ページトップへ

ページの終了