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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.58「名コーチ」

 

 

 3月18日は新横浜で「集約的」に仕事をしたのだった。まず一般的に知られているほうから。日産スタジアムのJリーグ公式戦だ。J1第4節、横浜FM×新潟(14時キックオフ)。新たにF・マリノスの10番を背負った齋藤学に注目が集まっていた。これは正式に取材申請をして、IDパスをもらって記者席で観戦した。僕はこう見えてサッカー記者でもある。試合後は会見室でエリク・モンバエルツ、三浦文丈両監督のゲーム総括に耳を傾けた。互いにミスの出た1対1の引き分け試合だ。

 

 が、この日はその前があった。読者は「横浜市スポーツ医科学センター」と聞いてピンと来るだろうか。何と日産スタジアムに併設された施設だ。新横浜駅のほうから道順を言うと横浜労災病院とラポール横浜の間、東ゲート橋をゆるゆる上っていく。と、東ゲート広場の向こうに「横浜市スポーツ医科学センター」の表示がある。僕も今回、初めて気がついた。秘密の階段だ。いや、なーんも秘密じゃないんだが、スタジアム奥に吸い込まれていく気がして、ちょっとためらいが生じる。シミズオクトの警備員さんに注意されそうだ。こんなところへ入っていっていいのは関係者だけじゃないのか。

 

 それがぜんぜんオッケーなのだった。横浜市公式サイトのQ&Aよくある質問欄に、「Q、スポーツ医科学センターは、どのようなことをやってるところですか」というのが出ている。読んで納得した。「市民の健康づくりの推進、スポーツの振興及び競技選手の競技力の向上」を目的として、例えばスポーツプログラミングの作成、スポーツ外来・リハビリサービス、スポーツ教室やプール、ジム利用等のサービスを提供しようという公共施設なのだ。これはシミズオクトの警備員さんに注意されない。広く一般に向けて開放されている。

 

 さて、ようやく本題に入る。そのスポーツ医科学センター・大研修室において「中学生期の部活動指導講座~一流の指導者は子どもたちのここを見ている~」というセミナーが開かれた。受講無料だ。対象は一応、横浜市在住・在勤の運動・スポーツ指導者となっているが、特別な資格を問うものでなく、部活指導の先生でも少年野球コーチでも大丈夫だ。講師がすごかった。第1部は県立希望ケ丘高校陸上部顧問、2020東京五輪の走高跳強化を任される福間博樹先生による講義「個人種目の部活動指導について」、第2部は旧・富岡高校&金沢総合高校を全国屈指の女子バスケ強豪校に育て上げ、U-18/19女子日本代表ヘッドコーチ、日本代表アドバイザリーコーチ、WJBL羽田ヴィッキーズヘッドコーチを歴任された星澤純一先生による講義「団体種目の部活動指導について」。全国に名をとどろかす2人の名コーチから指導の要諦を教えてもらえる。

 

 で、正午からの1時間は、第3部として僕がコーディネーターを務めて、福間先生星澤先生と3人でパネルディスカッションだった。陸上とバスケ、個人種目と団体種目という差はあれど、大きな成果を上げたコーチの指導には共通点があるように思えた。

 

 まず印象に残ったのは合理的であることだった。練習方法や強化のやり方が理にかなっている。部活でよく指摘される根性主義や練習漬けといった要素がない。効率よく練習し、オーバートレーニングを避ける。データ等のエビデンスを重んじる。

 

 僕は赫々(かくかく)たる実績を残された「現在のお二人」に劣らず、コーチ人生をスタートされた若き日の「徒手空拳のお二人」にも興味があった。誰にでも最初がある。星澤先生の最初、福間先生の最初には何があった? 一体何が出発点になってあの圧倒的な熱量が生じたのか?

 

 星澤先生はサラッと身の上を語った。家庭の事情で、生活できないほど貧乏だったんです。福間先生も胸襟を開いてくれた。幼い頃、父が亡くなってコンプレックスがあったんです。父がいたら授けてくれたはずのものを本から吸収しようとしました。

 

 一瞬、そこで黙り込みそうになった。胸に来る。お二人はたぶん少年の頃から戦ってきたのだ。その戦いの道すじの先に今がある。戦い抜いて、現在のお二人は持ち味がユーモラスでさえある。星澤先生はオヤジギャグを連発するおとぼけキャラだ。福間先生はくりくり光る目と笑顔の人だ。彼らなら何時間しゃべっていても退屈しない。だから見逃しそうになる。彼らのなかにエネルギーにあふれた「かつての少年」が内蔵されてることを。

 

 それから興味深いことがわかった。お二人ともすごく早い段階で、「日本一」「日本記録」といった高い目標を立てられ、それに向かって計画的にステップを積んで来られたのだ。星澤先生は歴代、「日本一」達成の指導者が何歳であったか調べてみたという。これはつまり、「勝つつもりの人が勝つ」「勝とうと決めてる人が勝つ」というようなものだ。もちろん、そこへと至る努力が大変なことは疑いないが、大変だろうと何だろうと「勝とうと決めてる人は勝つ」のだと思った。勝利へのフォーカス、解像度がケタ違いだ。

 

 星澤先生も福間先生も、練習を誰よりも研究し工夫を凝らしている。選手のこともていねいに見ている。教えすぎない。考える力をつけさせる。星澤先生は試合中、タイムアウトを取らない(自分たちで解決させる)ことで有名だった。福間先生は大事なことでもおしつけにならないように、選手がいちばん必要としているタイミングを待ってから伝えるのだという。

 

 僕はここは部活の大切なところだなと思う。超一流選手もフツーの選手もいずれ現役を退く。オリンピックに出る子もいれば、華々しい活躍とは縁のない子もいるだろう。皆、いつかは社会人になる。お父さんになるお母さんになる。おじいさんになるおばあさんになる。いいこともいっぱいあるが、つらいこともいっぱいある。そのときに生きる力をあげることだ。健康な身体とスポーツを愛する心と、生きるための力。ポジティブな力。

 

 コーチの言われるままに漫然とトレーニングしてる子はかわいそうだ。体罰を受けたり、しごきにあってる子はスポーツが嫌いになるだろう。自分なりに考え、答えを探し、努力する体験はかけがえがない。間違いなく一生ものだ。たぶん年老いてもそのエッセンスが残るだろう。そう思うと名コーチは「赫々たる実績」で語られるだけじゃ足りないのだ。教え子たちの人生に手渡したものがある。

 

 


福間博樹先生             星澤純一先生

 

 

 

 

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

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