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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.38「最後の夏」

 

神奈川県大会3日目、目覚ましではね起きて保土ケ谷へダッシュした。日曜の朝だ。サーティーフォー保土ケ谷球場に到着すると既に熱心な高校野球ファンが詰めかけている。さすが神奈川のファンはすごい。たぶん関東でも他県の予選しか知らない方は神奈川の盛況ぶりを見たら驚かれると思う。この日も1回戦ながら外野席を開放する大入りとなった。それもそのはず。第1試合のカードが「横浜×光明相模原」なのだ。今夏の横浜高校は何とノーシードで1回戦から登場するのだった。

 

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で、もちろん読者もご存知の通り、今夏の横浜高校は特別だ。高校球界にこの人ありと謳われた名将、渡辺元智監督が50年に及ぶ指導者生活にピリオドを打たれる。渡辺監督は横高OBだ。関東学院大在学中の1965年、弱冠20歳でコーチに携わり、68年、監督就任。以来、70、80、90、00年代のいずれも甲子園優勝に導いている。僕なんか超激戦区の神奈川で「各年代に甲子園出場に導く」だけでも名将じゃないかなと思うのだが、渡辺監督の実績はケタ違いだ。ちょっとこんな方はもう出ないんじゃないか。ちなみに今年11月で71歳を迎えられる。

 

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 渡辺監督の心に火をつけたのは江川卓(作新学院)だったという。初めて横高で甲子園に出た73年センバツ、その予選という位置づけもあった72年秋の関東大会で江川に遭遇した。「こんな投手がいるのか」と思われたそうだ。三振の山を築かれた。以来、この投手を倒さないかぎり日本一にはなれないと執念を燃やす。「日本一長い練習」をやればいいという理念だった。夜11時12時まで毎日練習だ。執念は花を咲かせる。横高は永川英植(元ヤクルト)を擁し、その73年センバツで初出場初優勝を飾る。

 

 永川英植の名前が出たところで「渡辺チルドレン」にも触れておこう。最近は大阪桐蔭OBの台頭が目覚ましいけれど、プロ野球選手を輩出してきた歴史に関しては横浜高校のほうが何枚も上だと思う。渡辺監督がプロへ送り込んだ愛弟子は50人を超える。松坂大輔(ソフトバンク)、鈴木尚典(元横浜)、成瀬善久(ヤクルト)、涌井秀章(ロッテ)、筒香嘉智(横浜)と指折り数えてもキリがない。ちなみに僕は日ハムファンなので、近藤健介、淺間大基、高濱祐仁を育てていただき本当に感謝している。昨年ドラフトで淺間、高濱の交渉権を獲得したときは興奮したのだ。いっぺんに2人も横高OBがファイターズに加わる。それも保土ケ谷で見て惚れ惚れしていた選手だ。

 

 そんな「渡辺監督の横高」の集大成の夏が始まった。太陽はギラギラ照りつける。木立ちでセミが盛大に鳴いている。光明相模原戦は簡単な試合じゃなかった。どんな強豪校も大会初戦は硬くなるものだ。序盤、光明相模原の先発、植田新乃介君(2年)に大いに手こずった。それでも中盤以降は地力の差が出て、7回コールド(9対0)が成立する。ファンからしてお得だったのは4番・公家響君(2年)のホームランが飛び出し、また継投のおかげで横高の4投手が全部見られたことか。1回戦からスタートする今夏は投手もグルグルの大回転だ。

 

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 僕は3塁側(光明相模原側)の内野席に座って、逆サイドの横高ベンチを見つめた。渡辺監督は特に気負った感じもなく、淡々と指揮をとっておられた。ただ小倉さんの不在は強く印象に残ったのだ。思えば渡辺監督の盟友、小倉清一郎コーチ(前部長)が昨夏、勇退されたのが分水嶺だった。「名コンビ」を失った渡辺監督は「小倉がいたとき以上にきびしくやった」ということだ。たぶん2人分のエネルギーが必要だったのだ。

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 「(小倉コーチは)高校時代から同じクラスで仲良かったものですからね。最初は相手のクセを見抜くことにものすごく長けてたというか。そのうち更に更に野球を勉強して、投手の育成、内外野の野手の育成、それ以上に勝たせる野球に対して全幅の信頼を置いて任すことができた。大きな存在ですよ」(tvkのインタビューより、渡辺元智監督)

 

横高はまるで渡辺監督との別れを惜しむかのように、ノーシードから甲子園出場まで8試合の長丁場を戦っている。本稿執筆現在、ベスト8まで進んだ。昨日行われた5回戦の藤澤翔陵戦は終盤何とか競り勝つことができたが、苦しい試合だった。準々決勝の相手は横浜隼人だ。もちろん「打倒横浜!」に燃えている。

 

神奈川のファンを熱中させる構図がここにある。ひしめく県下の強豪は皆、横高を見ている。目標はまず「打倒横浜!」だ。その一点に向けて全てを注ぎこむ。そのテンション、そのボルテージがとてつもないのだ。例えば楽天の守護神・松井裕樹(桐光学園)は「打倒横浜!」というハードルがなかったらあんな凄味を身に着けられただろうか。

 

つまり、神奈川のファンは今、長い物語のおわりを目撃しつつある。もちろん皆、一試合でも長く見ていたいと思う。それが「最後の甲子園優勝」という大団円だったら最高なんだけど。

 

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PS. 横浜高校はその後、決勝戦まで駒を進めるが、東海大相模・小笠原慎之介投手に行く手を阻まれた。

試合後、横浜応援席はいっせいに「YOKOHAMA 渡辺監督 ありがとうございます。お疲れさまでした。」のボードを掲げ、労をねぎらった。

 

 

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

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